10年8月後半 逗子通信








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8月16日(月)
明け方、再び寒気が来たので枕元のポンタールを飲んで発熱を力尽くで抑え込む。朝9時前、すでに猛烈に照りつけ始めている太陽の下、女房の運転で鎌倉へ。2軒ほど目星を付けた泌尿器科専門医院があった。

ところが世間はまだ盆休みが続いているようでどちらも休診。医者も結構のんきな商売なんだなあ。じゃあもう1日おとなしく寝ているかと思ったが、あまりの症状だし仕事もあるので、横浜南共済病院へ向かうことに。

近頃は地域医療の在り方が変わった、というか整備されて、この手の総合病院では紹介状がないとあれこれ邪険にされる。行こうと思った病院がお休みで仕方なく来たんですけどね。わたしは紹介状がなかったので受付に時間がかかると言われたけれども、思ったより早く診察にこぎ着ける。まず最初に検温。それなりに発熱感があったので問診票には「38度発熱中」と書いたが、体温計を見たら35度8分で夫婦共々ずっこける。危なく受付で「紹介状がないから後回したあ、どういう了見だ、こちとら高熱で今苦しんでんだぞ」と暴れるところだったが、本当に危なかった(笑)。我慢はするもんだ。

そこから緊急尿検査と血液検査。採尿して、自分の尿の色に仰天した。こりゃただごとではないぞと。でも、この尿なら胸を張って診察を受けられるだろうと安心してしまったわたしは本当に小心者だ。で、検査結果を見ながら医師に症状を訴えると「おそらく急性前立腺炎」とのこと。わたしの見立て通りだ。それなら、この1年間、繰り返し起きた発熱の説明がつく。

医者にはまず真っ先に「最近、風俗か何かへ?」と聞かれた。まさか。で、超音波エコー検査と、恐れていた肛門からの触診。仰向けになって両膝を抱えるというポーズね。いや、ついにこの日がやってきたかと観念した。若い美女医でなくて本当に良かった。この年にして、ついに怖いものは何もなくなったな。だから、アシモをもう少し発展させてだね……。

診断は「前立腺炎及び前立腺肥大症」。はあ、そういう病名がいただける年頃になりましたかね。抗生物質の点滴を受け帰宅。なんでも抗生物質をしつこく投与することで炎症は治まるだろうが、急に体温を落とすのは無理で1週間くらいかけて徐々に落としていくことになるという。なるほど帰宅してしばらくすると身体のだるさが増し、体温が上がり始めた。これでは使い物にならない。泣く泣く、クライアントに大仕事の納期延期を申し入れる。情けない話だが、しかたがない。もう、次の仕事は来ないな(泣)

病院から帰って、まだ気分の良いうちに昨日中途半端の保険をかけていた週刊誌原稿に手を入れ、一応現時点で完成原稿にして納め直した。そうしたらまた熱が出て来た。

8月17日(火)
クライアントは二度目の納期延長を受け容れてくれた。まことに申し訳ない。でも本当に使い物にならなくなってしまったのだ。それでもベッドで少しずつ仕事は進める。が、医者の予言通り、午後再び熱が上がり始める。

納期延長も申し出てしまったことだし、身体もぼろぼろなので、週末のスーパーGT鈴鹿700kmの取材は断念することに決めた。体調が悪くて現場取材を見送るのは03年以来か。これも情けない話だが、もう無理がきく身体ではない。いろいろと約束もしていたのだがお断りを入れる。

8月18日(水)
敢えて解熱剤は飲まずに寝た。体温は苦痛になるほどは上がらず、むしろ熟睡できた。思い起こせばこの1か月、なぜか夜、熟睡できていなかったんだ。徐々に症状は進んでいたんだなあ。経年劣化は少しずつ進むから、気づかないうちに大ごとになる。逆を言えばちまちま修理しておけば、コンディションを最善に保っておけるということだ。これ、自動車を始めとする道具一般に言えること。日頃のお手入れなんですなあ。

朝は平熱。だが発熱のダメージが残っているのか、まだ本調子ではないのか、身体は重い。申し訳ないが今日もベッド仕事。で、夕方、お約束で熱が上がる。医者の言うとおりになっていると言うことは快方に向かっていると言うことか。

8月19日(木)
朝はほぼ平熱だが下がりきってはいない。ベッドで仕事をするが効率は非常に悪い。だがここで無理してもしかたがない。

医者によれば、この病気には夕方に熱が上がる傾向があって、それは長引くとのこと。確かに夕方になると身体が重くなる。が、熱はさほど上がらず。あきらめてごろごろする。

デアゴスチーニで落語百選の購読を始めて2年。いよいよ50号、100演目が終わりそうだ。と思ったら追加10号20演目を売るけどいかがというチラシがはさまっている。上手だね、アゴスチーニ商法。なにしろそチラシに対してお断りの意思表示をしなかったら自動的に購読が続いちゃうっていうんだから。わたしは迷った末に断ることにした。

8月20日(金)
どうしても身体が重く、デスクに向かうだけの体力が出てこない。結局ごろごろしながらベッドの上で効率の悪い仕事をだらだらとする。

8月21日(土)
さすがに朝からデスクに向かってみる。資料をプリントアウト。プリンタのインクを補充。音声起こし。原稿書き。さすがにスロットルは踏み込みきれず。夕方、やはり身体が重くなり食欲がなくなる。本調子じゃないね。今回は、やはり大事をとらざるをえないな。

8月22日(日)
一応、今日から通常業務に戻ろうと思う。が、身体が重い。発熱のダメージかな? でもそこそこ仕事が進んだので良かった。もちろん、大幅に遅れてしまった原稿ですが。

鈴鹿で行われているはずのレースが気になるが、今は片付けなければならない原稿が山積だ。

8月23日(月)
朝一番で横浜南共済病院へ。1週間抗生物質を飲んだ結果を確かめに。随分時間がかかったけれど、とりあえず炎症はすっかり治まったので、あと1週間抗生物質を飲んで半年後くらいにガン検査をしようかという話に。

お昼に帰るが食欲がない。ぐっすり眠ったはずだったのに眠くて仕方がないし。というわけでしかたなく昼寝。熟睡。何が起きている?わたしの身体。

夕方からは比較的快調に仕事が進んだ。いや、この場に及んで快調じゃなくちゃ困るんだけどさ。でも女房共々なんだかぐったりしているのでお夕食は宅配ピザ。

8月24日(火)
朝一番で東海大学病院へ左膝の診察予約が入っていた。「順調ですね」で終わるのはわかっていたから行きたくはなかったんだが、やはりきちんきちんとメンテナンスをしないとね。

帰宅後原稿書きを少しして、逗子駅から上京。グリーン車で原稿書き。恵比寿で高橋国光氏取材。いつもながらホンワカするよね。でも、チーム国光を作ったのが52歳のときだったと改めて確認して仰天した。ついこの間の話じゃないの。オレ様、今そのときの国さんより年上だよ。ああ、この業界に長くいすぎたかな。

なんだか街を歩いていても足がへろへろして力が入らない。典型的病み上がり。帰路もグリーン車で原稿書き。……していたら、女房からメールが。「ひなたの声が出なくなった!」

仔猫に少しずつすり合わせているのだが、やはりまだフーシャーと威嚇する。そのせいで声が枯れたのかいなと思うが、やはり心配で逗子駅につくなり主治医に電話。威嚇する声で咽頭炎だか喉頭炎だかが起きることもあるようで、様子を見ることに。食事はしているかと言うからもりもりと答えたら笑われた。

8月25日(水)
午前中、ひたすら原稿書き。納期を引き延ばしてしまった仕事。自動車には随分深く関わっていてあれこれ調べ物や勉強のし直しが必要な仕事だが、自動車レースにはほとんど関係がない。あれこれ新しい仕事に対するアイデアはあるんだが、今は抱え込んで迷惑をかけている仕事を片付けることだ。

たまたま調べ物をしていたら、逗子海岸の海の家を運営している海岸組合が、ビーチでの飲酒を19日をもって禁止したというニュースが。はあ? 海岸での喫煙は原則禁止という条例が神奈川県で決まったのは知っているが禁酒というのは何だ?

調べると、あれこれ裏がある話のようだが、地元新聞の社会面はこういう話題が大好きで、検索してみると、さも社会が浄化されたかのような記事が掲載されている。アホカ。

で、市役所の観光課で聞いてみた。条例が出来たのならば従うがそんな条例は誰が提案していつできたのかと。そうしたら「海岸組合の一部の方々が勝手にやったことだ」という。「じゃあビーチで飲酒してもいいのか」と聞くと「かまわない」と。なんじゃ、これは。

で、海岸組合に電話したら「逗子海岸には酔っ払いが多くて子供たちが安心して遊びに来られないという苦情が多く寄せられたので決めたことだ」と女性事務員が言う。「法的根拠もないのに勝手に市民の自由を奪うのか」と問い詰めると「後ほど組合長から電話させる」と逃げた。

その後組合長と話をしたら、今回の騒動には裏があるようで、政治的な背景に、子供がうんぬんという苦情を持ち込んで騒いだごく一部の「クレーマー」が絡まり合って、それに乗った一部の人間が暴走して「禁酒」が始まったが、子供がどうとかという苦情以上に「禁酒とはどういうことだ」という苦情が各方面から殺到したため、19日に立てたばかりの喫煙飲酒をうながす看板はすでに撤去した、海岸ではどうぞ楽しく呑んでくださいと言う。

海外のビーチで禁酒は珍しくない。わたしはそれは守る。日本でもそういう法律が出来たのならば守る。だがわたしは花見酒と一緒で海岸飲酒は日本の文化だと思っている。中には泥酔して泳ぎ溺死する方もいらっしゃるが、それは自己責任というものだ。規則というものは少なければ少ないほど優れた社会だと思う。安易に子供をだしにして飲酒規制を市民に押しつけようとした海岸組合の一部勢力とクレーマーは、少々社会性に欠けた無法集団だと断じざるを得ない。なんでもかんでも規則で世の中を変えようとするなよ。

とかやりとりしているうち、午後、姉と姪が姪の子供たち(わたしにとってはなんと言う続柄になるんだろう?)を連れて遊びに来る。で、まさにそれまで話題になっていた逗子のビーチへ出かけた。今回は飲酒の予定はなかったが。

姪の子供たちは中国での生活が長く、海で本格的に遊んだことはほとんどないのだそうだ。子供の目はおもしろいね。今まで気づかなかった小さな貝が砂浜にうようよいるということを発見してきましたよ。くらげもいるようなので、波打ち際で、いっぱい遊んでやった。砂でお城を作る予定だったらしいのだが、あれこれ外乱(笑)が入って作れなかったね。

夕方、お客様がお帰りになったあとはひたすら原稿書き。

8月26日(木)
朝一番で東海大病院でリハビリ。前立腺炎でひっくり返っていたので久しぶり。すっかり筋肉が落ちているという。厳しいなあ。リハビリ、やり直しですよ。実際、膝に痛みが再び出て来ているしね。

帰宅後夕方までひたすら原稿書き。4時に根岸のアン動物病院へ。喉を痛めて(笑)声の出なくなったひなたには抗生物質を注射。うたたにはお腹の薬。うたたには寄生虫がいなかった。良かった。ただ、感染症の検査はもう少し大きくなってからでないとできないそうだ。ひなたとうたたのすり合わせ用のケージを借りて帰る。ケージ越しにうたたの存在をひなたに認識させていくんだそうだ。

そこから二日連続で逗子海岸へ。今日は逗子海岸花火大会。動物病院へ行っていたので出遅れたが、町内会のA氏ご家族が場所をとってくれているとのこと。有り難い。飲み物の入ったクーラーボックスをころころ転がして海岸へ行くと、もう立錐の余地もないほど。暗くなってから、ようやく確保していてくれていた陣地に合流、助かった。花火は例年通り、集中的演出でなかなか見応えがあった。今日はきちんと飲酒させていただきましたよ。ゆっくり海岸を出て、タクシーで帰宅。

8月27日(金)
1日原稿書き。よほど身体が退化していたと見えてリハビリの影響で全身筋肉痛。若いドライバーに電話インタビュー。

8月28日(土)
前日に引き続き一歩も外へ出ず、1日原稿書き。外界は結構暑いんだそうな。

8月29日(日)
今日もまた、前日に引き続き一歩も外へ出ず、1日原稿書き。今日もまた外界は結構暑いんだそうな。若干、仕事量の見積もりの間違いが判明し、冷や汗をかく。どうする?おれ。といいながら若いドライバーに電話インタビュー。

8月30日(月)
前日に引き続き一歩も外へ出ず、1日原稿書き。あいかわらず外界は結構暑いんだそうな。

8月31日(火)
前日に引き続き一歩も外へ出ず、1日原稿書き。あいかわらず外界は結構暑いんだそうな。いろんなことを勉強しながら書かなければならない原稿だが、自動車レースにはほとんど関係がない。夜も遅くにようやく目処をつけ、一杯飲んで気絶した。