10年8月前半 逗子通信








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RACING VIEWS

8月1日(日)
女房、東京で夜遊びにつき、夕方から逗子アリーナのジムへ行き身体を絞る。夕食は帰路に寄ったコンビニで買ったおそばとビール。

納品が到底約束の期日に間に合わず、泣く泣く納品期日先送りのお願いをする。情けない話だ。

8月2日(月)
原稿書き。納品先延ばしについてメールのやりとり。自分のふがいなさに気持ちがぎすぎすしてくる。気持ちを癒すために、ベッドで読書してDVDの落語を眺めて寝た。

8月3日(火)
朝8時15分より逗子市の集団検診。検診場所は、見た目は米軍基地の敷地内にある逗子市保健センター。非常に微妙な立地で、いわゆるフェンスの向こうのアメリカを眺めながら自転車で走る。緑の芝生に広々としたグラウンド。アメリカはお金持ちできれいな国なんですなあ。ニッポン人は思いやりしか持たない国民だから、憧れるよね。(棒読み)

検診では、バリウムを飲んで胃のレントゲンから始まり、あれこれ検査を受ける。最近、とみに身の回りの人が身体の具合を悪くして苦労しているので、検査にも身が入る。

夕方、膝の執刀医の病院へ出向き検査。今日は代理の医者だったが、非常に良い状態にありますよと言ってくれる。トレーナーにはこれまでやったことのないような動きのトレーニングを教わる。

8月4日(水)
朝、7時に起きて伊勢原の東海大病院へリハビリ。この手のリハビリは6か月が健康保険の限度らしいが、まだ十分ではないということで、なにやら手続きをして継続している。

旗と気づいて、逗子病院に寄ることに。予定では来週だが、そういえばこの時期、主治医はいつも夏休みだなと思い出した。血液検査の結果と、先日のCT検査の詳細を聞く。いずれも問題なし。なんかこの2日間、医者だらけだな。

帰宅後、すぐさま準備をして女房に逗子駅へ送ってもらい、横須賀線に飛び乗る。八重洲で小林可夢偉インタビュー。最近のF1には興味がないのだが、彼の様子は遠巻きにうかがってはいた。ユーロF3時代に一時帰国したとき以来の取材か。すぱすぱものを言い切るのでこちらとしてはおもしろい思いをして帰ってきた。電車の中では、ひたすら原稿書き。

8月5日(木)
「無理です。ぼくにはできません、無理です!」と寝言で絶叫して朝、5時半に目覚める。いやですね。自分を追い詰めるような仕事の仕方は止めようと思っているのになあ。でも、結局は追い詰めてる。こつこつ仕事。

8月6日(金)
早朝覚醒したので、そのままツインリンクもてぎへ。着くなり、必死で宿題仕事。慣れないグラフィックソフトなど使わなければならず頭がオーバーヒートしましたよ。合間に、パドックへ下りて取材。今さらながらだけど本末転倒だよねえ。

今日は水戸に宿が取れなかったので宇都宮泊。退社大渋滞に巻き込まれてとんでもない時間がかかった。そこからI氏と合流、宇都宮の街へ出撃。

ぶらぶら歩いて店を物色、「本町中央市場」で飲む。居酒屋の王道を「演出」した酒場だが、嫌みはなく、働く若者たちも大変感じが良かった。なにより、肴に手抜きがなく、きちんとオヤジに通用する居酒屋メニューになっていたのがよろしい。気に入った。

その後、近くに昔行った店があるのを思い出し、所在を確かめようとI氏と別れぶらぶら散歩。やはり思ったところに店はあった。まあ、当初からわかっていたことではあるが、ふらふら入店。「P.man」。

C氏のボトルが出て来て、少しだけ呑んで帰ろうと思っていたが残りが微妙で、残して帰る寮ではないので、呑みきって新しいボトルを入れて帰ってきた。茨城では「カミナリ保険」に入るのが常識なのだそうで。プチケンミンショーだった。

8月7日(土)
早朝から現場入り。取材したり原稿書いたリ。宿題したり。ちょっと宿題を抱え込みすぎたなあ。夜は、約束のC氏主催(笑)の夕食会に宇都宮「ゴージ」へ。同席したのは、01年にヴィッツレースでメンテナンスをお願いしていたRSファインの河野高男社長とスタッフの面々、それに息子。そこに予選を終えた平中克幸が合流。バカ話をしつつカレー(!)を食らう。

河野氏の車でホテルへ戻る。コンビニに寄って「ジュージャン」をやるというから何かと思ったら、全員でじゃんけんして負けた人間が全員のジュースを1本ずつ買うというお遊び。で、6人でじゃんけんして一番負けたのはわたしでしたとさ。こういう遊びで負ける強さ(笑)には、結構自信があるね、わたしは。

8月8日(日)
疲れ気味だったので、少々朝寝坊してもてぎへ。取材をして原稿書いて、宿題をして。レースはまずまずだった。レース後はひたすらまとめ仕事。8時頃まで仕事してたかな。その頃にはお盆大渋滞もほどけてきたようで、案外快適に帰宅。遅い夕食をとる。

8月9日(月)
原稿書き。例年のことではあるけれども、わたしの夏休みはどこへいっちゃったんでしょうねえ。

8月10日(火)
原稿書き。夕方4時に多磨霊園でA氏夫妻、I氏と待ち合わせ、昨年亡くなった編集者M氏の墓参り。多磨霊園周辺は学生時代の立ち回り先だが霊園の中を歩くのは初めてだった。

悲しいような、(M氏と顔を合わせたわけではないけれども)懐かしくて嬉しいような、微妙な気分の墓参りだった。その後、4人で吉祥寺へ出て、井の頭公園入口の「いせや」でお清めの一杯。吉祥寺は長年暮らした街だが、もうよその国へ来たも同然の変わりようだ。でもぽつぽつと見慣れた風景も残っているんだよねえ。今度ゆっくり遊びに来よう。

早く帰ったので、逗子「クルワカン」に顔を出し、猫の話。行き先のない子猫を引き取るかなあ?

タクシーで帰宅。逗子のタクシー運転手の一部は夏、アロハシャツを着て運転している。「それって会社に言われて着ているの?」と聞くと「そうなんですよ」と言う。「いいよね、感じが出ていて」と言うと「いや、わたしはあまり嬉しくない。だって、逗子の市内だけ走っているならいいけど、場合によってはこれで他の地域にも行くんですよ。そのときはかなり変わった目で見られましてね」と。なるほど、いろいろ悩みはあるもんなんだな。と言いつつ、これを着て逗子から出てはいけないという女房規制のかかったアロハシャツコレクションを何着か持つわたしであるよ。

8月11日(水)
壊滅的だったデスクの整理をしてこの10日の集中仕事に備える。まあ、いろんなものが発掘されること。夕方まで原稿をちまちま書きながら整理を進める。夕方逗子駅から横浜へ。JOY耐に出場したM氏、A氏、Y氏と4人で反省会をやろうと言っているうち、A氏の転勤が決まったので送別会を兼ねて集まることになった。

店はなんと、かつての富士マイナーツーリングのTSサニー使い、早乙女実さんの店、「石松」。石松は今でも様々なマイナーカテゴリーにチームとして参加しており、身近な存在ではあったが、店には行ったことがなかった。

そもそも、レース好きのオーナーが経営している店、というか飲食以外の趣味を前面に押し出した店に、ろくな店はないというのがわたしの持論で、果たして「石松」は大丈夫かいなと心の中では恐る恐る出かけたわけだが、のれんをくぐってすぐに「あ、これは当たり」と思いましたよ。確かにあちこちにミニカーやら写真やらが飾ってはあるけれども、基本は王道の居酒屋。品書きは、まったくわたしの好みのまま。刺身もあればフライものも充実。もう品書きを見ているだけですっかりお気に入り。この店なら、レース抜きでも間違いなく通う。


来年の参戦計画まで練りましたよ。(早乙女実さん撮影ww)

というわけで4人でレースを語りつつ飲み食い。刺身盛り合わせ、シメサバ、キスフライ、ハムカツ、メンチカツ。もうどれもこれもおいしゅうございました。で、お客さんが引け始めたところでパソコン出してロガーデータ見ながら反省会。いやー、ためになるね。わたしの場合、突っ込みすぎの立ち上がりもたつきが明らか。


なかなかこういう笑顔は作れませんね。

最後に早乙女さんに挨拶し、雑談。いやこれがまた、いい顔してんの。店も23時までだし、(14時からだけど)オヤジにはいいよね。また行こう。というわけで終電1時間前に帰宅。

8月12日(木)
こつこつ仕事。「クルワカン」のS氏から、仔猫の里親にならないかという話を持ちかけられていたので、現在仔猫を保護している方に連絡。「しばらく先住猫とすり合わせて、相性が良ければ引き取る」という条件で納得してもらい、早速午後、連れてきてもらう。みれば、生後1ヶ月かそれにも満たない仔猫。.足下すらおぼつかない。

ひなたに会わせてみると、フー、シャーはもちろん、聞いたこともないような猛獣の声を出して威嚇した。いきなりの対面は刺激が強すぎたか。ひなたの主治医と相談し、仔猫を客間に隔離して姿を見せずにそれとなく馴らす作戦に。それ以降は猛然と仕事。とてもK4GPに出走している余裕はなかったなあ。

8月13日(金)
ひたすら仕事して寝た。ところが夜中の3時前、いきなり強烈な寒気が来た。実はこの1ヶ月くらい、時々夜中に猛烈な寒気を感じることがあった。しかも数ヶ月おきに原因不明の発熱をしていたし、変だなあとは思っていた。だが今回はもう身体に震えが来て、変だなあでは済まなくなった。体温を測るとなんと40度5分。どひゃー、オレ様の身体に何が起きた? 

そのうち全身の節々が痛み、うんうんうなる事態に。しかも特徴的な頻尿に排尿時の違和感、そして明らかな残尿感。ああ、これは前立腺あたりに何かが起きていると自覚。なんか、この1年、こういうことが繰り返し起きていたな、と改めて異変を思い知る。そのたびに「これは風邪ではない、おかしいな」と思っていたのが、これで説明がつく。あれこれ納得はしたが、あまりの高熱、あまりの全身痛で脂汗かいて苦しむのみ。

8月14日(土)
結局朝までうなり、ほとんど眠れず、明るくなる頃にようやく少しだけ痛みが引いて寝たが、高熱は続く。手持ちの鎮痛解熱剤を飲み、強引に体温を押し下げても37度から下には下がらない。それでも夕方にはシャワーを浴びるくらいの気分には回復していた。

日記を読み返すと、程度の差こそあれ、確かにこの1年同様の症状が何度も繰り返し起きていた。ずっとおかしいなあと思ってきたが、いよいよこれは風邪ではないと覚悟すべきときだ。WEBであれこれ調べ、おそらくわたしの見立ては正しいだろうと確信を深める。

夕方から再び体温が上がり始め完全にダウン。食欲も壊滅。原稿が間に合わなくなるのでベッドにパソコンを持ち込んで書き始めると目が回って気持ち悪くなるし、もう最悪。再び体温は39度に。もう何もできない。

8月15日(日)
朝、平熱近くまで体温は下がり気分も楽に。これで終わりかと思うが、頭も身体も重く、どうも薬が効いているだけのような感じ。ただ熱が下がれば、それなりに食欲は出るのでお昼におかゆを食べる。ベッドで原稿を書き進めるうち、夕方から再び震えがきた。ああ、だめだ。8割方書いた原稿を保険で編集部員に渡す。明日は医者に行こうと決めた。体温は39度5分。あまりにつらいので、ついに座薬投入。つうか挿入(笑)

1時間過ぎて身体が急に楽になっていき体温が下がり始める。このスキに眠っておこうと睡眠導入剤を飲んで眠る。