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RACING VIEWS
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7月16日(金)
朝一番で富士スピードウェイへ出かけ、プレス受付。今回は、井出有治が所属するチーム無限及び心拍計測器メーカーであるポラールの協力を得て、井出に心拍計を取り付けることになっており、その打ち合わせ。お金にはならない仕事なんですけどねえ。
その他、比較的緩い雰囲気の中で結構あれこれ聞き込みが出来た。I氏と合流、夜は「新五月」へ行って、飲みつつ今後の打ち合わせ。まあ、要するに飲んでばっかりってこった。
7月17日(土)
関東地方は梅雨明け。心拍計測のためにわざわざポラールからサービス専門家と、アテネオリンピックMTB日本代表だったトレーナーが立ち会ってくれるという大ごとになってしまったので、こちらも立ち会いの機会を増やさざるを得ず、他の仕事はあまりできず。でも非常におもしろいデータと、興味深い解説を得た。みなさん、ありがとうございました。
というわけで暗くなるまで仕事をして、夕食は御殿場駅前、ジンギスカンEN−YAへ。ホテルを出るとき、FCJ関係者と一緒になったので夕食を一緒にすることにして、我々が先行し皆さんの席を確保。あれこれ噂話をしながらの夕食、おいしゅうございました。
7月18日(日)
朝から仕事。やはり無限に張り付き状態になってしまい、思うようにその他の仕事ができなかった。お金にならない仕事にこんなに時間をとっていいんでしょうかね、いいです。おもしろいんだから。RACINGVIEWS読者のみなさんはお楽しみに。
ただ、ひどく疲れてレース後のまとめ仕事の効率が悪いのなんの。へとへとに疲れた。おまけにようやく帰ろうとしたら高速道路は大渋滞だという。で、抜け道を行こうと走り出したらちょっとしたミスでかえって遠回りし、挙げ句の果てに、空いていると思った西湘バイパスが渋滞していて、帰着は23時半。夕食食べてすぐ寝た(うそ。念のために、袖ヶ浦フォレストレースウェイを以前走ったときの車載映像を見て、イメージ作りなどした)が、翌朝は早起きなんだよな〜。
7月19日(月)
朝、4時半に起きて出かける用意。袖ヶ浦フォレストレースウェイで開催される「全日本袖ヶ浦EV50kmレース」出場のため。5時に町内会A氏が到着、わたしのクルマで現地へ向かう。4時間しか眠れなかったけれど、案外頭はすっきり。遠足効果かな。やっぱりオレ様、レースに出るのが好きなのな〜。
全日本袖ヶ浦EV50kmレース大会出走。車両は借り物のi−MiEV。EVでのスポーツ走行は初めての体験。「電費」データもまったくないぶっつけ本番。あらかじめi−MiEVのスペックを調べ、自分なりの作戦や走り方を検討したが、結局基本路線は、決勝までできるだけ余計な電気は使わない、というところに落ち着いた。
現場では、必要最小限の練習をして、予選タイムアタックは1周のみ、あとはひたすら充電。見物に来た浜島裕英氏には「突っ込みすぎ」と言われる。じゃあタイヤを供給してくださいと言っておいた。宮坂宏氏には「電気足りるの?50kmは無理でしょ?」と脅かされるし。我が道を行くしかないなあ。
予選タイムを見る限りは4台のi−MiEV勢の中では2秒以上速いが、ひょっとしたら他のクルマは決勝に向けて電気を温存していたかもしれないしと疑心暗鬼にもなる。で、決勝だ。迷った末、とりあえずi−MiEV勢の先頭に出て、自分のペースで走りつつ後との間隔が開いたらアクセルを抜いて回生をかけ、背後のクルマのペースに合わせながら順位は譲らないといういやらしい戦略に徹する。最後の2周でスパートしてみたが、前を行くテスラ2台には到底及ばないので最後の周回は完走のためにペースダウン。総合3位、i−MiEV勢首位でフィニッシュした。自分的には大成功。
(C)ヴェガ・インターナショナル 後藤純

これくらい離れると疑心暗鬼に陥って、逆に電費が怖くなる(笑)
四日市からわざわざ見学にいらっしゃったガレージ経営F氏は、今回のレースに刺激を受けオリジナルマシン開発着手を決意した模様で、レース後早々に来季のドライバーオファーを受けましたよ(笑)。なんだか本当に63年の第1回日本グランプリの頃ってこんな感じだったんだろうなあと思った。
A氏とは渋滞を避けて東京湾フェリーで帰ろうかとも話し合ったけれど、結局バカ話をしながらアクアライン経由で帰宅。1週間前、ツインリンクもてぎで味わった悔しさを晴らしましたかね。しかし2週にわたってレースに出たりしたものだから(途中取材もしているが)仕事が溜まって危険水域に。ジェットコースター生活ですなあ。
7月20日(火)
朝からひたすら原稿書き。外は大変な好天らしいが全く知らず。ひたすら原稿書き。そらそうだよね。2週間続けてレースに出てるんだから。ああ、みなさんごめんなさい。
7月21日(水)
朝から原稿書き。比較的順調なのかな? 熱中症患者が続出しているというニュースをよそに太陽の光を浴びることもなくパソコンに向かって1日過ごす。
7月22日(木)
朝から原稿書き。一旦納めた原稿について直しの相談があり、対応。編集者とのこういうやりとりは楽しいよね。雑誌作りの醍醐味ではある。でも近年は双方とも時間がなくて一方通行になりがちで反省。
夜、原稿に必要なデータを逗子駅で受け渡しすることになり、出かけた。ついでに時間が少しばかりあったので「クルワカン」に寄って軽く一杯飲んだ。もうね、逗子の人たちは東逗子界隈のことを魔界のようにボロカス言うんだよね(笑)。
7月23日(金)
朝から原稿書き、はあまり進まない。困ったなあ。夕方、膝の執刀医の診察を受けるため東逗子へ自転車で出かけ、ついでにクルワカンのバーテン、S君がジムに行くつもりと聞いていたのでわたしも同じ逗子アリーナのジムへ出かけてトレーニングをした。S君には会えなかったけれども、一汗流した。で、仙台取材に向け早寝。
7月24日(土)
朝6時に起きて仙台へ自分のクルマで出かけようと思っていたが、15分ほど寝坊。予定より30分遅れくらいで家を出た。仙台はこのところいつも新幹線で出かけレンタカーを使っていたが、経費節減の折から久しぶりにマイカーで。
途中、渋滞があり、結局スポーツランドSUGOに到着したのはお昼前。ただでさえ忙しいスーパーGTの週末に、この出足ではまともな仕事はできない。特にアポも取っていなかったし、単なる立ち会いになってしまいそうだな。
下位カテゴリーの予選とレースをSPスタンドで眺め、キッズカート企画を展開している友人と話し、ピットへ戻って出くわした選手、チーム関係者と立ち話。こんなもんかな。
早々に山を下りて仙台市街へ。ホテルは、22時以降チェックインが条件の安売り部屋(4000円)を買ったのでクルマと荷物を置いて、明るいうちから東一番町あたりへ。今回は夏の名物、ホヤが食べたいなと思っていた。
最初は「ご家族公認の店 酒道場」から。以前から気にはなっていた。で、店へ突入してみると、杉兵助かと見まごうばかりのご主人が。志村けんの「あんだって〜?あたしゃ神様だよ」のギャグを思い出す反応を示すし。
ここにはホヤはないなあと思いながら品書きには載っているので一応聞いてみたが案の定品切れ。結局ビール中瓶2本に冷や奴。この冷や奴がおいしかった。ムラサキツユクサを薬味に使って気が利いてるんだよね。「得意料理は冷や奴と生卵!」という冗談があるけれども、少なくとも冷や奴にはワザのかけようがあるんだ。
で、店を出て、並びの山里亭へ。ここは以前入ったことのある店。でもホヤはなく、シメサバを食べた。大洗のものらしいがおいしかったな〜。他にお客がいなかったので亭主とオールスター戦をTV観戦。野球なんか久しぶりに観たよ。昔はあんなに好きだったのにな。シメサバだったらお酒だよね。
で、いい気分になって店を出た。まだチェックインができる時刻までは時間があるしホヤを食べていない。で、国分町へ出て、思い切ってお寿司屋「富貴寿司」へ突入。そこには、ナイツの塙宣之を思わせる板さんが。外見も、すっとぼけた会話もそのまま。今回はお笑い芸人シリーズだな。
で、生ホヤは?と聞くと「大人気商品で、品切れ」だそうでがっかり。でも酒蒸しが付きだしで出て来たのでそれを食べて満足。すっとぼけた話を聞きながらお寿司をつまんだ。「メヌケ」と、あとなんだったかな。酔っ払って忘れちゃった。メヌケは、何?これ、と板さんに聞いたらわざわざ魚類図鑑を持ち出してページをめくって「あれ?載ってない」というような深海魚でしたとさ。
ホテルに帰還途中、ホヤの塩辛を置いている店を知っていたので寄ろうかと思ったけど、さすがに飲み過ぎちゃうなと、通り過ぎた。で、ようやく部屋に入ってパソコンを開きメールやらツイッターやらWEBやらをチェックして対応。部屋を冷やして眠った。
7月25日(日)
夜中、あまりの寒さに目覚めた。眠り付くときは快適な室温だなと思っていたのだが、なんと設定温度が22度になっている。そりゃ寒いって。で、寝直したが、結局早朝覚醒。しかたないのでそのままサーキットへ向かった。
特に取材のアポもなかったので朝一番のヴィッツレースをコースで見物。その日は全レースをコースで眺めようかとも思ったけれども、宿題もあって、プレスルームからは離れられなかった。デスクでひたすら宿題原稿書き。
その他にも片付けられなかった宿題もあって、早く帰ろうと思ったので、迷った末決勝レース残り10周となったところでプレスルームを出て駐車場へ向かおう……と思ったら「あー、なんということだ!」という場内アナウンス。なんだなんだ、と思って様子をうかがうと、首位独走中だった本山のGT−Rがスローダウンしたとか。しばらく状況の把握に努めたが、じゃあHSVが勝つのね、と結論付けてフィニッシュ前にはゲートを出た。でも最終ラップで結構な逆転劇があったようで。こういうもんだよね。
仙台までマイカーで来たのは久しぶりで、体力に自信がなかった。それで早めに帰路についたのだが、案外道はすいていて、眠くもならず比較的順調に帰り着いた。
7月26日(月)
週明けからひたすら原稿書き、と思って早めに帰ってきたのに、うまく眠れず、早朝目覚めるし、頭がぼんやりして身体がだるいしで絶不調。やらなければならないことが溜まっているのに困ったが、身体が言うことを聞かないのではしかたがない。事務仕事やら何やら、頭を使わないで済む事務仕事を片付けるが原稿は進まず。いやもう皆さんすみません。
午後、掃除機が欲しいという女房と、横須賀のヤマダ電機へ出かける。わたしはCD−Rを買った。古着や本を帰り道のブックオフで売って帰宅。ついでに、警告灯が付いていた愛車のランプを点検、ブレーキランプがソケットから抜けているのを発見、修理。先日バルブを交換したときしっかりささっていなかったんだな。
夜寝る前にベッドの上で読み進めていた「バチカン・シークレット」を読了。バチカンをめぐる政治と金についてコツコツ冷静に調べ上げた興味深い本で、カトリックの総本山と教皇というものについて随分勉強になったけれど、トリノの聖骸布についての論の進め方は少々ナニだったかな?
7月27日(火)
睡眠はかなり正常になってきたけれど、やはりどうもすべてがだるいですね。だらだらと仕事は進めるが、どうもすっきりしない。しかたないので夕方から逗子アリーナのジムへ出かけて、じっくり身体を絞り上げましたよ。やっぱり身体を動かすと気持ちが良いね。酢鶏でビール。うまいのなんの。あとは仕事を進める気力だな。
7月28日(水)
朝一番で伊勢原の東海大病院で膝のリハビリ。筋肉がついてきたと評価してもらうが、帰ってきても仕事は進みませんね。ちっとも。筋肉と脳味噌の量にはあまり関係がないようだ。
7月29日(木)
朝から、NISMOへ出かけ、企画2本のため立て続けにインタビュー。頭が疲れ果てた。帰ってみると、ホームサーバーに使っているデスクトップ機の具合が悪い。ナニをやっても見たことのないOSレベルのエラーメッセージが出る。あれこれなんとかねじ伏せると今度はセキュリティソフトが得体の知れないことを言い出す。そのいたちごっこ。
やらなくちゃいけないことはいっぱいあるのに、なぜか猛烈に眠くなるし。民主党はなんか的の外れた内輪もめしてるし。選挙敗北の責任論を振り回すなら、まずはあの柔道選手を公認候補として持ち出して良識ある選挙民を呆然とさせたことから始めないといかんだろう。あれの反省なくしてどんな反省も説得力を持たないってことに、なんで気づかないかね。本当に浮世離れした輩ばかり集っているんだね、あの業界には。
7月30日(金)
先日、取材協力をしていただいたポラール・エレクトロ・ジャパンへ御礼に出かける。雨、月末、5、10日の金曜と、大渋滞の条件は揃っていたが、案外道は空いていて早めに幡ヶ谷の社屋近くまでやってきた。早めに着いて本当に良かった。というのも第三京浜を下りる頃からわたしの腹具合がおかしくなり、かなり危険な状況に陥っていたからだ。
便利な駐車場を探す余裕はなく、目に付いたコインパーキングへ入れ、「あまり歩きまわる余裕はないぞ」状態の怪しい足取りで、トイレに入りやすそうな店を探す。マクドナルドやらドトールがあるのは通り過ぎて確認していたので、いつぞやのように「ああ、空って広くて大きいなあ」などと、ほとんど悟りを開いたような想いにとらわれるほどには追い詰められてはいなかったが。
で、ドトールに入り、「そういや前回も抹茶ラテ、頼んだよな〜」と抹茶ラテを注文(笑)、トイレへ向かうと、これがお約束で塞がってんの。もう、恥も外聞もなく抹茶ラテ放置状態で立って待ちましたよ、わたしは。またもやドトールと抹茶ラテに救われたわたし。もう、1日の気力、体力、そして一部の筋力はほぼ使い切ったね、これで。
帰宅後、ホームサーバーのCPUクーラーにファンを取り付けた。70度弱まで上がっていたペンティアム4のCPU温度は、前日筐体のパネルを取り外して50度程度まで下がっていたが、これによりさらに40度程度まで低下した。変だね、去年の夏はファンレスで乗り切ったのに。今年は暑いのかな〜?
で、こつこつ仕事。自分を追い詰めちゃダメだと甘やかしながら。でも、約束の納期は遅れるなあ。お知らせとその後の相談が心苦しい。
7月31日(土)
こうこつと仕事をするのみ。将来的な可能性を探ろうとWEBサイト、RACINGVIEWSを立ち上げてあれこれ活動しているのだが、現時点でここからはびた一文、収入が生じない。つまりタレ流し。
投資というのはそういうもので、むしろその状態でも品質を上げて行かなくちゃ行けないというのは頭ではわかっていながら、この不況の中、本業も先行き怪しい有様で、なかなか投資に時間を割くわけにもいかずジレンマに陥ってはいる。これを乗り切ることこそ「投資」なんだろうなあ。
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