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RACING VIEWS
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7月1日(木)
朝から午後までかけて原稿を書きあげ、某誌編集部に納品。午後、眠くなったところでトレーニングへ行くことに決め、自転車で逗子アリーナへ。2時間にわたってみっちり絞り上げる。自転車こいで帰宅、早速膝をアイシング。医者からは、使ったらとにかくアイシングせよとの指示を受けている。
7月2日(金)
朝からだらだらデスクに向かう。雑誌でおいかけられる仕事がめっきり減ったので時間がある。とはいえ、やらなければならないこともあれこれあるので、気持ちはもやもやしたままだ。でも急激に変転する世の中を考えるには、良い機会だ。今まで、あまりにも追いかけられすぎた。
キーボードのキートップの印字がA、K、N、Mと消えてしまい、キートップ文字をダウンロードして印刷、貼り付けて応急修理していたのだが、それも剥がれてきた。そこできちんと修理用に写真用光沢紙に印刷。透明フィルムを貼って印字面をカバーしたキートップを両面テープで貼り付け直して修理した。しかしローマ字日本語入力の場合は母音の使用率が高いと思うんだが、なぜこの4文字?
注文していた新しいハートレイトモニターが届いた。でもこれを最初に使うのはわたしではなくて……。フォーミュラ・ニッポンファンの皆さんお楽しみに。
7月3日(土)
10時に女房とクルマで家を出て、まずスーパーマーケットで墓参り用の花を買い、実家へ。実家で母親をピックアップして、いつもの回転寿司店へ。わたしはキーを女房に渡してビール。美味しゅうございました。
先日より、ずっと懸案だった母親の戦時中体験のインタビューを始めた。ちょうど1回目のインタビューの音声起こしが納品されたので、続きのインタビュー、とも思ったけれど頭がまとまらないから次回へ延期。なんと、母親は当時の手帳やらバッジやらをどこからか発掘していた。こうなったら徹底的に調査をしてまとめることにしよう。おもしろくなりそうだ。
母親とは実家で別れ、墓地へ寄って父親の墓参りをして、蕨市民会館へ。春風亭小朝の独演会がある。近所の駐車場を探さなければならないなと思っていたら、早めに現地へ到着したせいか、あっけなく市民会館の駐車場にクルマが停められた。待ち時間は、駅近くのスターバックスコーヒーでコーヒーを飲んで潰した。
小朝にはたっぷりと楽しませてもらった。そのまま帰宅。山手トンネル〜大橋ジャンクション〜用賀〜第三京浜という経路で帰ってきた。もう遅かったのでコンビニで食べ物を仕入れ、ビール飲んで遅い夕食。
7月4日(日)
1日、ダラダラと過ごす。仕事があるのやらないのやらよくわかんない状況。と言ったら、無茶苦茶叱られそうだよね。
帰国したサッカーW杯代表が「日本を元気にするために頑張る」と言っているのを聞いた。言いたいことはわかるんだけどね、勘違いヤワラチャンを連想してしまったよ。サッカーで元気になる国ってのは大した国じゃないとわたしは思っている。アッパッパーが渋谷で騒いだって国が元気になったことにはならない。むしろあれは滅びの姿だ。国を元気にするってのはもっと違うことだろう。もちろん日本代表が競技の上で為した業績は称えるが。
7月5日(月)
朝7時すぎに女房とクルマで家を出て、まずは伊勢原の東海大学病院へ。道がすいていて早くついたのでデニーズで朝食。病院では女房を駐車場に置いてわたしは1時間みっちりリハビリ。もう5か月もこんなことしているんだね。
その後、御殿場へ。御殿場のデニーズで落としてもらい、女房はそのまま御殿場プレミアムアウトレットへ消えた。女房の目的はこれ。
わたしは御殿場デニーズでRACINGVIEWSのI氏、協力者のM氏と合流、中嶋企画へ。申し込んでいたテーマでじっくり取材及び撮影を行う。まだまだフォーミュラ・ニッポン興隆のために取材して紹介したいテーマはあちこちにころがっているように思う。
その後、M氏紹介の関係企業へ行き、取材のハシゴ。夕方、I氏にプレミアムアウトレットで落としてもらい、女房と再会。半日歩き回って自分の買い物と調査をしていた女房に連れられて、わたしの夏物を中心に買い物して帰宅。
7月6日(火)
明け方、左足ふくらはぎに猛烈な「こむら返り」が起き、慌てた。ようやくでやりすごしたが、痛みと違和感が残り睡眠がぐだぐだに。朝になっても頭がぼんやりして、使い物にならない。
まずは参議院選挙の期日前投票に出かける。その後最低限の仕事をするが、生ける屍状態。これではいけないと、ジムへトレーニングしに出かける。2時間みっちり絞り、鍛える。夕食におでんを食べたらハマって、少々多幸感。仕事も進まなかったのにね。
7月7日(水)
明け方、左足ふくらはぎに猛烈な「こむら返り」が起き、慌てた。ようやくでやりすごしたが、痛みと違和感が残り睡眠がぐだぐだに。朝になっても頭がぼんやりして、使い物にならない。
あれこれ、懸案に着手。お昼のおでんがおいしすぎて楽しくなってしまい、ついつい昼からビール。
7月8日(木)
午後、某社新型車発表会に出席。その後、新橋方面へ回って、入院中の友人を見舞う。わたしには何も出来ないけれど、頑張れ、と思う。近年はなぜか弱っている人に「頑張れ」と言ってはいけないことになっているようだが、絶対に間違っている。頑張らなければならないときはあるし、頑張れと言ってもらって元気が出る場合も確実にある。わたしは確実に身をもってそれを知っている。なんでもかんでもより弱い人間に話を合わせれば良いということではあるまいに。
新橋から水戸へ。あまり使わない、首都高速ではない首都高速、東京高速道路から入線する。この新橋−新京橋・東銀座間、東京都心の代表的繁華街である銀座を貫通する約2kmの区間は、知る人ぞ知る民間管理区間(首都高速も今や民間管理ではあるが、かつてはこの区間だけを「会社線」などと呼んでいたものだ)で、首都高速の中にある無料区間でもあった。その間の管理費は道路下にあるビルのテナント料でまかなってきたという不可思議な道なのだ。
実は銀座あたりには不思議はいっぱいあって、銀座ナインという(元)東京高速道路の下にあるビルには正式な地番がないそうだ。したがって銀座9丁目という、存在もしない地番を連想させるビル名になっている。知る人ぞ知る都市の不思議である。
水戸のホテルにチェックイン、宮下商店街へ出かけ(というか、宮下商店街直近のホテルに初めて泊まった。安かったしね)、いつもの「うっとら」でシメサバ、なすのショウガ焼き。メンチカツを食べようと思っていたのに、なすのしょうが焼きが思いの外、大ボリュームだったので断念。
まだ明るいうちにうっとらを出て、次は「さくら」へ行こうかと思いつつ他の店を新規開拓するのもいいなとぶらぶら歩く。案の定「さくら」の店前にはエサ待ちの野良猫が集っていて、相手をしていたら結局店に引き込まれた。するとそこには生後1か月の仔猫、モモちゃんが。
店に頼って生きる野良ネコが子供を産んだのだが、1匹を育児放棄したようで、店の主人夫婦が保護し育て始めたという。まあ飲食店としては本来は問題なのだろうけれども緊急事態ではある。そのモモちゃんがかわいいのなんの。
飲みながらかわいがっていると、モモちゃんに会いに女子高生やら近所のおばさんやらが店へやってくる。「女子高生が出入りする怪しい店だと言われているんじゃないかな」とわたしと同い年のご主人は苦笑する。奥さんは昼から飲んでいるとかで、もう出来上がっているし。変わってるよね、ここ。翌日からのことを考え、早くホテルへ帰る。
7月9日(金)
JOY耐練習走行日。朝、チームと合流、今年の夏が始まりましたよ。午前、午後と2回のセッションを2分割して4人で走る。都合によりタイヤの銘柄をセッション毎に変えているので、走るたびにフィーリングが違うのが問題だが、かなり慣れてきて良い感じになってきた。
車の準備をしてホテルへ戻り、メカニックとも再合流して、昨年出かけておいしかった焼き鳥屋さん、「鳥吉」へでかける。期待通りおいしかった。今年はTKG(たまご かけ ごはん)にたどりついた人間がいたが、あまり口に合わなかった模様。
7月10日(土)
今回は、ドライバーのY氏が持ち込んだGPSデータロガーシステムが非常に役立っている。3万円だか4万円で、これだけのデータ解析ができるのはすごい。自分の走り方をその日のうちに再検証できるのだ。で、その検証を、公式予選で確かめる。
わたしは公式予選に関わる「Bドライバー」であったが、タイムはAドライバーのM氏が出してくれるはずなので、わたしは無理せず決勝に向けて自分の走りを確認する。コースイン後、35秒台、34秒台、33秒台と1周毎に自分の思い通りタイムを縮められたので満足。4周目にもう一歩と思ったが、速いクルマにコースを譲って苦しくなったので後半は流してタイヤを少しでも温存、そのまま早めのピットインをした。そこで決勝用タイヤに交換、熱入れを2周して終わり。
午後は何もすることがなくなり、クルマの準備を済ませて早めにホテルへ帰還。一眠りしようかと思ったが、なんだかんだと雑事を片付けていたら時間が無くなり、夕食へ。ホテルロビーで葉山から来たH氏と合流、今夜はドライバー4人とH氏で、串焼き屋さんへ。
車載ビデオを見ながら走りの検証。お料理もおいしゅうございました。決勝を考えたらあまり飲めず、ホッピーとする。ナカをおかわりしちゃったけどね。せっかく1年ぶりに会った「同僚」と摺り合わせが進んで楽しくなっていく過程にいるのに、もったいない話だよね(笑)。これがレースのひとつの醍醐味なのに。
7月11日(日)
JOY耐決勝日。わたしはスタートを務める。耐久レースのスタートだし、ローリングだし、特に緊張はない。どうやって走ろうかなあと考え、後にいるK氏(ヴィッツ時代からの知り合い)はタイム的にわたしより速いはずなので前へ出てくるだろう、それの後について走ろうと考える。
しかしレース前に探りを入れたら予想外に低い回転数で走るつもりらしく、本当かいなと思ったら本当で、ペースを上げない。ではわたしが想定していたペースにちょうどいいペースメーカーはいないかなと思って探しつつ、できれば前へ出て順位を上げておこうと自分のペースで走り始めた。
一時期はバトルになってロスもして、結局K氏が前へ出て、逆に離されてしまった。あら〜、速いねと思ったが無理して追いかけることもせず、その後は結局単独走行に入った。回転数は抑え気味なのに32秒台で周回できているので、他が抑え気味なのが気にはなったけれども、うちにはうちの想定タイムがあると、とにかく速いクルマにうまくロスなく抜かせること、自分でミスをしないことに集中して、そのまま走りきることに決めた。

チームがRACINGVIEWSカラーにしてくれました。 写真:後藤純
ピットインまでのカウントダウンが始まってもガス欠の兆候はないので、せっかく単独で走れているのだからとスパートしたら先に行っていたK氏にも追いついて前へ出られた。あとはガソリンが足りてくれ、と祈っていたらピットインまで3周のサインを見た周に裏ストレートでセーフティカーのサインが出た。こりゃラッキー、と当初の作戦申し合わせ通りそのままピットイン。自分としては非常に納得のいく仕事を終えることが出来た。クラス9番手スタートで、3番手くらいまで順位を上げられたのではなかったかな? 集中していたせいで結構頭が白くなったし、ピットに戻った段階でドライビングハイの快感に包まれ、シアワセになった。
年甲斐もなく頭を白くしたりしたもので、脳味噌が疲れ果て、クルマを第2ドライバーに引き継いで、着替えたらピット裏のテントで眠りに落ちてしまった。すみませんね。
レースはみなさん健闘し、さらに第4ドライバーのM氏が力走してチェッカーまで30分程度の段階でクラス3位。そのままポジションを守って残り5分となったので、これは表彰台だ、せっかくだからみんなでレーシングスーツ着て表彰台に上がろうなどと話した途端、クルマが帰ってこなくなった。なんとすぐそこに表彰台があったのにエンジンブローが起きたのだった。こんなことってあるんだね〜。
がっかりしながらも車両保管解除を待ち、クルマを積み出して帰宅。じわじわと悔しくなってくるけれども、自分としては十分に楽しんだので満足感もあって、微妙。家でビール飲んで、結局は多幸感の中、倒れた。
7月12日(月)
4日間、自分のレースにどっぷり浸かっていたので仕事に復帰。午後は、八重洲でビッグネームの取材。初めて話す相手ではないが、質問したり確認したりしたいことがあったので、存分にインタビュー。大変素晴らしい機会をレーシングオン編集部には与えていただいた。結構脳味噌を動かし、またもや脳味噌が白くなったので、帰宅後はあまり仕事にならず。取材相手は「寝るヤツはダメだ!」と断言していたけれども、すいません、寝ました。
7月13日(火)
朝8時から伊勢原の東海大病院でリハビリ科の担当医師による診察。「順調」と言われて良かったけれど、それだけのための早起きはつらいね。
帰宅後、中途半端な時間があって、仕事の下調べしかできないまま、今度は電車で上京、青山あたりで会議。少々、追い詰められてきましたよ。早めに帰宅、時間も中途半端なのでジムへトレーニング、とも思ったが、細かい仕事を片付けていたら時間がなくなった。
7月14日(水)
朝一番で逗子病院へ出かけ、定期血液検査。実は10日ほど前からみぞおちのあたりに妙な痛みがあったので、主治医に相談。先日の超音波エコーでは何も問題がなかったので心配はないと思うが、一応検査する?と言うから「する」と答えた。
血液検査の検査項目を増やし、そのままCTスキャン。画像をざっと見た限りではやはり問題はないという。胃カメラの予約もしてきた。でもあれこれ予定があってスケジュールが合わず、検査は9月にずれこみそうだ。やはりこの年齢になると、こまめに検査しておいた方がいいもんね。20年もののEP82のエンジンがブローして悔しい思いをしたばっかりだし(笑)。
帰宅後、早めの昼食を摂って、クルマでパシフィコ横浜へ出向き「電気自動車開発技術展」へ。19日に電気自動車レースに出走予定で、その運営責任者と話もあったし、それに関連してS氏とも会って顔合わせしたりする必要があった。
帰宅後は原稿書き。今日もトレーニングには行けませんでしたね。週末の富士スピードウェイで、フォーミュラ・ニッポンの某チームの協力を得て、ちょっとした実験を含む取材をする予定だったが、チームが乗り気になってだんだん大ごとになってしまった。これは楽しみ。
7月15日(木)
朝から原稿書き。午後3時から伊勢原の東海大病院でリハビリ。なんだかんだと忙しくてこのところ全然トレーニングできていないからなあ。まあ、大分しっかりしてきたねというところでリハビリを終えた。せっかく伊勢原まで来ているから、そのまま246号線を走って御殿場へ向かう。
ホテルにチェックイン、一杯飲みに行こうかと思ったけれど、飲めばいいってもんでもないし、駅前でラーメンを食べてホテルへ戻り、部屋飲みして(結局飲むわけだが)あれこれ仕事の整理をして早寝。
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