

情報生産者直送実験サイト
RACING VIEWS
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6月1日(火)
疲れていたけれども6時起きで東海大病院へ。8時から診察とリハビリの予約を入れていた。診察では「順調」とのこと。リハビリで一汗かいて帰宅、睡眠不足で眠くてかなわないが、RACINGVIEWSの改造計画を進めてくれていたケンサワから「今日、移行しよう」との提案が飛んできて、移行作業。皆さんのおかげで本当に素晴らしいサイトに生まれ変わりました。ありがとうございました。新生RACINGVIEWSを今後もかわいがってやってください。
午後、さすがにベッドにダウンしたらマジ寝。もう夜も昼もわからない状態で2時間ほど眠りこけ、目覚める。執刀医の病院にも行こうと思っていたが、寝ぼけており身体が動かず断念。片付けなければならない仕事の材料を整理しつつ、木曜に飲みに行く相談。
6月2日(水)
どうもすっきり目覚めず、気分の良くない朝。気分も良くないよね、我がニッポン国がさらに滅びの道を突き進み始めたわけだから。
それにしても、「前の選挙で民主に投票した輩はどうやって責任をとるのか」的意見が浮上し始めたのには、もうあきれ果てるしかない。こういうバカ者がいる限り、ニッポン国は終わる。自民がダメだった、で民主もダメダメだった。さすがに内部改革して対抗するかと思った自民は空中分解しただけで何もできず、横須賀のホストみたいな新人議員を前衛に押し出すていたらくでもっとダメだった。じゃあ他にどんな手がある?という瀬戸際に良民が立たされているというのにな。
それでも今日はお金を稼ぐための仕事をきっちりしないといけない。と言いつつ、移行したRACINGVIEWSの細部の手直し。もうあまりボランティア勇士チームに頼ってもいられない。夕方、某選手と某選手に電話取材。お金を稼ぐための原稿をまとめ上げる。
6月3日(木)
原稿の続き。今夜のホテルを探し、I氏と相談のうえ、決定。夕方、上京。まず新逗子駅のQB HOUSEで頭を刈る。その後湘南新宿ラインで新宿へ。
歌舞伎町奥のホテルへぶらぶら歩く。そもそも新宿東口なんか久しぶりだし、しばらく散歩なんかもしていないもんなあ。変貌する歌舞伎町がおもしろくておもしろくてかなわない。新宿コマが閉館となったのは知っていたけど、ここの噴水広場、噴水はいつなくなったんだー?って感じだ。ちなみに、ここは広場ではなくて行政上は道路らしいんだけどな。
ミラノ座はかろうじて健在。学生時代、オールナイト上映の売店の売り子のバイトをやったもんだ。懐かしいなあ。コカコーラの王冠を山ほど集めて景品をもらったような記憶があるね。
ホテルにチェックインし、市役所通りに出て今日の会合場所へ、また散歩。新宿バッティングセンターも健在。ただし明治通りを渡って3丁目、末広通りあたりの変貌は激しかったなあ。大好きでよく使った老舗中華料理店がなくなっているのはショック。少し時間があったので、あたりをぐるぐる散歩。夕方の散歩は楽しいね。都会には、首をつっこみたくなる店がなんとたくさんあることか(苦笑)
会合場所に決めた「はまぐり」前でI氏と合流、2階の座敷でA氏を待たず、乾杯。座敷と言うことでI氏はわたしの膝の状況を考えて座布団を二つ折りにしてくれた。冗談のひとつだったかもしれないけれども、その心遣いが嬉しかった。人間、弱みを持つと謙虚になるもんだなあ。
30分ほど遅れてA氏登場。今後の業界、仕事の行方について語らう。その後ゲストの某編集部K氏を加え飲む。奇妙な仲居さんがいて、飲ませるんだもの。昔2丁目のオカマバーによく遊びに行っていたのだが、この店の前を通るたび、貝好きのわたしは気になって仕方がなかったんだなあ。今回ようやく突入を遂げたが、また出かけても良い店だったな。
その後、歌舞伎町方面へ戻り、昔なじみのオカマ、Hちゃんの店、「P」へ。さすがに年は取ったが、毅然としたオカマぶりは変わらず。常連さんが来ちゃったので、あまり相手してもらえなかったのが残念だけど時間も時間でA氏、K氏の終電が迫っていたしね。というわけで日にちが変わる前に解散。
わたしはI氏と近くのホテルへ帰る。途中24時間スーパーに寄る。例によってI氏はウイスキーのポケット瓶など買おうとするから、それならせっかくホテルがそこにあるんだからもう少し店で飲もうよと歩き出すが、手頃な店もなく、わたし自身も若干疲れ気味だったので、解散。わたしはお腹の収まりも悪かったので、おでんでも食べようかとぶらつくがそこまで気分が乗らず、結局すき家でカレーを食べて帰り、部屋でメールのやり取りなどをした後、早めの就寝。
6月4日(金)
12時チェックアウトというすてきなホテルだったけれども9時には目覚め、シャワーを浴びて10時半にはチェックアウトした。良い天気の中、歌舞伎町を散歩。ホストや客引きが街角に大勢いる。お仕事を終えた方々が遊ぶ時間帯だってことなのかい? それともお仕事を終えたところだってことなのかい? 少なくとも朝キャバ、昼キャバって業態が存在するようで、たくましいですね、夜の街は。
実はまっすぐ帰るか、末廣亭で落語を見物して帰るか迷っていた。くよくよしながら散歩していたら突然お腹の具合が悪くなり、南口ルミネに飛び込みトイレ拝借。サワヤカになって出たところにヴィレッジヴァンガードがあった。その店頭で流されていたサンプル映像に心ひかれ、ついついDVDを2枚、衝動買い。「Peeping Life」。柳原可奈子にも通じるツボ。
メールチェックしても不穏な事態は感じられず、「せっかく新宿まで行ったんだから遊んでこい」と女房に(また)背を押され、末廣亭へ。理由のない切迫感が身体に染みついているものだから、何かきっかけがないとわたしはすぐに自分の仕事場へ舞い戻ってしまうのだ。もっとも、心療内科にかかるまでもなく、努力することもなく、切迫感など感じないで済むようになる時代がすぐそこまでやってきているような気もするが。
末廣亭昼の部は12時から。前の日、小屋の前を通って番組を確かめ昼の部で三平と正蔵と小朝をセットで見られるのを知っていた。12時に入ったら七分の入りで驚いた。やっぱり浅草東洋館とは違うね。(笑)その後もどんどん客が入って、末廣亭名物の桟敷も含めほぼ満席に。(2階は知らず)
4時半の昼の部トリまで観て、駅へ。45分の湘南新宿ラインに飛び乗り帰宅。うまくいけば、執刀医の診察を受けられるかと思ったが、家に帰り着いて予定を観ると金曜の診察は4時半に終わっていた。
6月5日(土)
お金にあまりならない仕事をだらだら。Peeping Lifeを楽しむ。すっかりツボにはまった感じ。
6月6日(日)
コンピュータの整理だとか何だとか。ツイッターで山本一太をフォローして楽しんでいるが、ここぞとばかりにちょっと調子に乗り過ぎか。党首が「みんなでやろうぜ」などととぼけたことを叫ぶ党を、結局どうにもできず飛び出すこともせずに何を言っても、もはやキャンキャン吠えているだけにしか聞こえないや。政治家としては大事なタイミングを逸しちゃったかもしれないね。
サッカーワールドカップが南アフリカで開催されるとか。お出かけになる皆さんの無事を祈るばかり。わたしが南アフリカGPの取材に出かけたのは92年だったかな。ネルソン・マンデラが釈放された直後だったけど、今はもっときわどい雰囲気らしいじゃないの。
ヨハネスブルクでは確か何人かで日本料理屋に行ったんだ。そうしたら盛況で、しかも寿司のおいしいこと。板さんによれば、ヨハネスブルクは遠洋漁業の日本漁船が寄港して良いネタを下ろしていくのだそうで。でもなぜよりにもよって南アフリカで働いているのかと聞くと「F1を開催している国なら大丈夫かなあと思って来た」と言ってた。今はF1を開催しなくなっちゃったんだけど、どうしているかなあ。
「なんだ、結構安全な国じゃないの」と店の中では思ったんだが、板さんはこともなげに言うわけだ。「帰るとき、駐車場までは本当に気をつけてね。夕べ、店から駐車場に行く間に一人撃ち殺されたから」って。もう感覚が麻痺してんのな、きっと。結局わたしは南アフリカではサーキットの外ではほとんど何もしないまま終わった記憶がある。というか、そもそも記憶がない。
6月7日(月)
朝一番でリハビリの約束を入れていたので、伊勢原の東海大学病院へ。最近は理学療法士があまり相手にしてくれず、自分でバンバンしていてねの状態。だもんで、自分でバンバンして一汗かく。
帰宅後は、あまり収入にはつながらない仕事をメインに、あれこれ。世の中はiPadだなんだとかまびすしいわけだが、ノートパソコンの代替品になるわけでもないので、興味はあるけれどもWindows版が出るまでは買おうという気にはならない。Docomoで使えないiPhoneに興味ないのと同じことだな。
というわけでノートパソコンの環境整備。5年ものだが、SONYの充電池リコール騒動があって電池が3年目に新しくなったもので、使い続けている。さすがに容量不足は否めない状況になってきたが、ハードディスクを交換するまでもないし、整理と圧縮をしてサワヤカになった。実は去年購入したVISTA機もあるけれど、これはわけあって、とある仕事のときにしか使わないのでふだんは眠っている。
夕方、トレーニングのため自転車こぎ。なんか、やたら眠いね。
6月8日(火)
朝からだらだらと仕事。夕方、自転車に乗って膝の執刀医の病院へ。階段の上り下りで若干痛みが出ることを相談、トレーニングの方法も併せて考える。結論はとにかく、きちんと筋肉を付けようということに。ヒアルロン酸注射だとかなんだとか対症療法はあるようだが、それならいらないとこちらから断った。
通常手術から3か月経ったら軽いジョギングを始めるところらしいが、わたしはまだ怖い。「じゃあ自転車をメインに」と。「回復が遅いってこと?」と問うと「十代の若者と同じには考えられません」ときっぱり言われちゃったよ。そらそうだよねえ。
6月9日(水)
朝一番で逗子病院。これで3日連続で病院通い。老後のシミュレーションだね。血液検査の結果はいつも通り正常。薬を処方してもらい、迷った末に10年以上ぶりで逗子市体育館のアスレチックジムへ。わたしの登録はすでに抹消されていたが、あっけなく初期講習なしに再使用が認められた。で、膝を中心にトレーニング。わたしの左膝関節にはまだ動かしてはいけない方向があるので、器具を選ばなければならない。
ひと汗かいて帰ると、たまらなく眠く、お昼を食べて昼寝。夕方、上京。池尻大橋ってどうやっていくんだっけ、としばらく考え込まなければならないほどわたしの頭は都会を忘れてしまった。で、予約していたホテルへ行くと、「門限12時半」などと言うのでその場でキャンセル。今どき都内の宿泊施設で門限定めるかよ。丸々1泊分、キャンセル料をとられちゃった。
女房に電話して、はす向かいのオリンピックインを予約してもらい、そのままチェックイン。こちらはそれなり、門限もないがインターネットが繋がらない。PHSの電波すら入らないので、廊下の窓辺に立ってメールチェックをしなければならない。これだったら最初に予約した渋谷のホテルのままにしておけば良かったな。安物買いの銭失いとはこのことだ。
荷物を置いて、青山の会合場所へ。宮益坂から青山にかけては、かつて渋谷でサラリーマンをしていた頃の立ち回り先だが、すっかり変貌を遂げて、通っていた店も見当たらない。いつも目印にしていたビルも工事中で、と呆然と工事現場を見上げていたらI氏に声を掛けられた。
で、2人で店へ。スペイン料理エル・カスティリャーノ。とある仕事の打ち上げ会だがまだ誰も来ていなかったのでわたしは食べたかったハモンイベリコとセラーノをさっさと注文、I氏とビールを飲んで皆を待つ。総勢7人でスペイン料理を食らい、シェリーとワインを飲む。
2次会に残ったのは結局、わたしとA氏、H氏の3人。では松涛倶楽部へでも行きますかと歩き始めたがA氏がもうちょっと違うところに行ってみたいと言い出したので、のんべい横町の「蓮」へ。実は昔同じ場所にあった「さやか」という店に通っていたが、しばらくしたら店が変わっていて、ママは行方知れず。それっきり新しい店には入らないでいたのだが今日は入ってみよう。
店内は昔と同じ作りだが、インテリアはママが新しくして雰囲気は全く違う。聞けば、店は2回変わったのだそうで、時間の流れを感じますね。すっかり気に入りましたよ。ということで焼酎飲んで、業界の未来を憂う話。終電前にお開き。わたしは、その足で松涛倶楽部へ。
店主のK氏が妙に寄席に詳しいのでなぜかと聞くと、バーテンの師匠の師匠が、「バーテンは寄席へ行け」と教える人だったのだそうで。おもしろいものですね。何を学び取るものなんでしょうかね。なんと、将棋の大きな対局も観戦(と言うのかな?)しにいくのだそうで。多趣味な方ですね。ぜひ「聖の青春を読め、と言われましたよ。
わたしの方はというと、ひょんなことからアイラ・モルトウイスキーを表するときに使われる「スモーキー」という感覚がわからないという話になり、あれやこれやとバーテンM氏がサンプルを飲ませてくれたりしまいにはピートを焦がしてくれたりしたのだが結局味覚と言葉が繋がらず「病院くさいおいしさ」で終わってしまった残念な夜であった。お手数かけました。
タクシーで3時半に帰宅。1500円。結局池尻大橋に安い宿をとっても、あまり意味がないというオチでした。
6月10日(木)
例によって、朝迷ったけれども、浅草東洋館へ出かけることに。10のつく日は東洋館の日で、特別番組がかかるんだよね。
で、新仲見世でおみやげのゲンコツ二度漬けとおかきを買い、11時30分に東洋館に到着。いつもと違って、10人以上の客入りだった。演芸ホールの方は長蛇の列になっていたけど、こちらは10人。でも東洋館にしちゃ大入りだよな。
この時点では仲入り程度で帰ろうかなとも思っていた。ところが13時を前に、泥酔した観客がやってきて、高座にヤジを飛ばすわネタに割り込むわと好き放題を始めた。東洋館で酔客は珍しくないわけで、これを演者がどうやりすごすかも浅草演芸の見物のひとつなのだが、今回の泥酔オヤジはかなり手強かった。浅草は昼前から居酒屋が開いて繁盛するので、13時にはこうした泥酔オヤジが見事に出来上がるわけですね。「東洋館のお客様は日本一自由だから」というのは東洋館出演者の決め台詞である。
オヤジのおかげで演目がグダグダになる演者もいれば、うまくいなす演者もいる。だが筋書きのない見世物は、それを見物する人間にも大変な精神的負担を強いる。わたしはへとへとになったが、仲入りで逃げたら負けだ(笑)と想い、敢えて大トリまで観て帰ることに決めた。オヤジも眠り込んでいたしね。
ところが午後の部が始まってすぐに泥酔オヤジが目覚め、再び活躍し始めた。ネタの真っ最中に売店によろよろ出かけてはビールを演者に差し入れるわ、ネタにいちいち割り込むわ。でも観客も小屋の係員も文句を言わずに苦笑して眺め続ける。これが浅草流なんだな、とわたしはひたすら大トリを待つ。
そうしたらあろうことか、フィニッシュまで1時間というときにもうひとりの泥酔オヤジが現れ、もう観客席と高座の区切りを意識せずネタの中に入り込むわ、ビールを差し入れるわ、別の話題を振るわと好き放題を始めた。すると酔っ払いは酔っ払い同士意気投合するようで、あっちがビールを差し入れるならオレはツマミを、と団結してというか張り合ってより活動を活発化(笑)。もう場内、なにやっているんだかわかんない状況に。
ようやくたどりついた大トリは、元ゆうとぴあのホープが組んだユニット、ホープと青年団にモロ師岡が加わったコントである。ところがコントの進み具合の様子が途中でおかしくなった。酔っ払いの影響か?と思っていたらどうもホープが台本を忘れて暴走を始め、周囲がそれにつられてストーリーがグダグダになった模様で、モロ師岡など途中でコントを中断、高座の真ん中で酔っ払いが差し入れたお茶を飲む有様に。で、結局コントはオチにたどりつかず、「申し訳ないが、ここで終わりにさせてください」ということに。最後は、演者4人が舞台上に並んで正座して申し訳ないと頭を下げるという強烈な幕切れ。いやもう浅草を堪能しましたよ。
6月11日(金)
朝起きてみたらI氏はすでに富士にいる。ではわたしもと、荷造りをして富士スピードウェイへ。全日本F3及びFCJ取材。Fニッポン関連も若干。
で、I氏と夜は先日見つけた居酒屋「新五月」へ。と思ったらどうもI氏も同じ店を知っている模様。ホテルからタクシーでたどりついてみたらやはり知っている店だった。なあんだ、酒飲みはいろんな店を知っているんだなあ。と思ったら知り合いのカメラマンまで来るし。酒飲みも鼻は利くんだね。
シメサバ、レバ刺、ホヤ、砂肝などなど、おいしゅうございましたが居酒屋メニューにもほどがありますね。二人で焼酎1本。足りなくてショットを追加。飲み過ぎましたよ。
6月12日(土)
スケジュールが早朝からだったので現場へでかけるが、頭が動かず原稿が進まない。だらだらと仕事。
ピットロードを歩いていたら、今回F3チームの様子を見に来たという森脇基恭氏が向こうから歩いてきてわたしに気づくと何かを指さしてニコニコする。何か変な格好していたかなとわたしは自分の身の回りを確かめるが、近づいてきた森脇さんが口にしたのは「もう膝、治ったんだね?」という言葉だった。確かに少し前、取材時に膝の話はしたけれどもよく覚えていたものだ。取材者にとっては偏屈なオヤジではあるけれども、こういう優しさを持った、お父さんみたいな人だ。
今日は何を食べようかなと相談。ベテランカメラマンM氏のオススメで串揚げ屋「さかたみ」へ出かける。昨日の今日で油ものはつらいかなと思ったけれども、これがサクサクとおいしいので食と酒が進んで、またもや焼酎1本に追加でとっくり1本。さすがに早めに帰りましたけどね。
6月13日(日)
タイムスケジュールはゆっくりだったので朝寝出来たはずだったのに、早起き。体調が良くないときっちり眠れないね。結局早めにチェックアウトして現場へ。FCJ関係者とあれこれ話す。現場で済まさなければ行けない仕事もあるので少しずつ進める。昨日よりは頭が動いているかな・でも全体的に身体が重くて調子が優れない。
FCJを観戦。コースへ行こうと思っていたのだが足が動かず。その後F3関係者と話すが半分以上は自転車の話になった。Fニッポンの話も少し。このクラスになると、相手によって話してくれる内容が180度食い違っていたりするので困る。
F3を観戦、原稿を書き、プレスルームにやってきた関係者と話し、仕事のきりがついたのが19時すぎ頃だったか。帰り道は案外空いていて、あっけなく21時すぎに帰着。餃子の夕食。帰り着くと、恩人から大変なものが届いていた。なんでも今になってわたしの膝の手術について知ったとか。気を遣わせてしまった。
ちょうど、宇宙探査機のはやぶさが帰還した頃合いだったが、ライブは見損ねた。無事大気圏に突入し帰還カプセルは地上に到達した模様、というニュースまで確かめて寝る。
6月14日(月)
朝から具合が悪く、熱を測ると38度近い熱がある。即刻ダウン。ベッドに持ち込んだノートパソコンで必要最小限の仕事をするが、使いものにならない。ほぼ1日、はやぶさ情報を集めつつベッドでだらだら過ごす。途中、大変魅力的なお誘いの電話をいただく。
バーテンK氏オススメの「聖の青春」をAmazonで取り寄せたので一気読みして夜更かし。熱は下がりきらないでだらだらと微熱が続く。
6月15日(火)
朝になっても熱は下がりきらず。あきらめてベッドの人となる。昼寝してようやく平熱になったので、膝の執刀医の病院へ。帰宅しても身体がだるく、そのままダウン。疲れだとか夏風邪だとか低気圧だとかが重なっての不調なんだろうと思う。本当は原稿を書き上げてしまいたいタイミングだったのだが全く手がつかないまま、あきらめる。精神的に良くない状況。もう2、3日、トイレに行ったり来たりの状態でもある。
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