 |
5月1日(土)
疲れ気味なのか、あまりよい睡眠がとれなかったが早起きしサーキットの現場へ。あれこれ宿題仕事に打ち合わせ。土曜日になってしまうと、もう人がつかまえられなくなって、ぶっつけの取材は難しい。
とか言いながら、午後は公式予選をさしおいて某編集部のクルマでサーキットを脱出、お隣の富士霊園へ。RACINGON誌次号特集のため、風戸裕の墓参。富士霊園には初めて足を踏み入れたが、すごい規模と環境の霊園だったのだなあ。ついでに(失礼)本田宗一郎氏のお墓にも詣でる。
その後、とあるところでとあるモノを見せてもらい、サーキットに帰還。予選終了後の取材。昨日のインタビューで付け加えたいところがあるとセルモの佐藤氏から呼び出しがあったのでピットへ行き、マネージャーとおぼしき女性を捕まえて佐藤氏の居所を尋ねると、「大串さん?大串さん?」とわたしの名前を妙に確認する。何かと思ったら、なんとヴィッツレース時代、わたしのクルマにもついてくれたエッソウルトラフローのキャンペーンガール(いまどきはレースクイーンと言う誤った名前が定着してしまったようだが)のN氏だった。その後、チームの裏方に回ったという話は聞いていたがほぼ10年ぶりの再会であった。
人の名前と顔を(特に若くて美しいお嬢さんの場合は、と日記には書いておこう)病的に覚えられないわたしとしては、こちらで気づかなかった理由を「すっかり大人になっちゃってわからなかったよお」と、怪しく言い訳。お互いに年とったもんね(笑)
場内渋滞が終わるのを待ってホテルへ戻り、そのまま昨日見つけて気に入った居酒屋、酒蔵新五月へ直行。改めて確認、昨日は大変、失礼なことを書いたことがわかった。新五月は、「創業25年」ではなくて、創業昭和26年、であった。だからこその貫禄だよねえ。
暖簾をくぐると、あれ?と既視感を覚えるほどゆうべと同じような方々が同じような場所に座っている。その後、レース関係者とおぼしきお客も登場、ゆうべよりも賑わうが、これは良い店を見つけたという感じ。隣に座ったGT300関係者らしい二人連れが「××さん、なんでこういう店を見つけられるの?」的な会話をしていた。昨日食べたくて食べられなかった春山菜の天ぷら、評判だというアスパラ肉巻きにナンコツ、砂肝などの串焼き、キスの梅肉揚げ、厚揚げ焼きなど。大変美味しゅうございました。あ、写真を撮ってくるのを忘れた!
さっさと食ってさっさと飲んでホテルへ戻り、若干の仕事。落語のDVDを観て早寝。
5月2日(日)
やはりうまく眠れず、早朝覚醒。ちょうどいいやとそのままホテルをチェックアウト、サーキットへ向かう。5月病かなあ、天気はいいのに体調がすっきりしない。
プレスルームで珍しい顔を見つけた。片山右京の義兄でマネージメントをしているK氏である。早速挨拶すると、右京は元気になりつつあって、そもそも今回は現場に来ているという。とりあえず安心。
記者会見に出席し、ブリーフィングルームを出ると、そこに右京がいた。若干やつれたようにも見えたけれど、わたしに向かってすぐ笑顔が出た。握手したら「ご心配おかけしてすみません」と言った。元気そうで安心した。
その後グランドスタンド裏へ移動し、NGKブースでの森脇基恭氏トークショーを取材、その後森脇氏とパドックへ戻ってNGKのガレージでインタビュー。今回は、連日取材相手が重たいね〜。
そうこうしているうちに、レースが始まった。GT500クラスは単調なレース。GT300は結構あちこちで格闘が見られた。この手のハンディキャップと性能調整が絡み合ったレースは、スタートからフィニッシュまでの競争として眺めると、考え方によっては「プロレス」的に見えてしまうかもしれないが、場面を切り取ってみると、自動車の特性の争いが浮かび上がって見えて、非常におもしろいのだがな。
特に最終ラップ、首位を行くカローラに一旦並びかかりながら寸止めで引き、2位に終わったガライヤのレースは良かった。レース終了後には、たまらず高木真一、新田守男のところへ行き感想を聞く。「あのまま突っ込もうと思えば突っ込めたが、完全に並んではいなかったのでインを閉める権利は相手にあったし、縁石に乗って下手なことにもなりたくはなかったので引いた」と高木が言えば、それをモニタで見て「くやしかった。くやしいけれど、あれは仕方がないなと思って見ていた。ここで優勝すればいいというレースをしているつもりもないし」と新田が高木のレースを支持する。なかなかいい「自動車レース」を見せてもらったような気がした。お二人には勝手に名前だけではあるけれども敢闘賞を差し上げる。
7時前に帰路につく。富士の場内誘導はかなり進化していて、すんなりサーキットを出ることができた。だが御殿場までの道はびっちり渋滞しており、御殿場インターチェンジそばのホテルにたどりついたのは8時すぎだった。高速入り口の電光掲示板を見ると、30kmの渋滞だとか。御殿場泊まりにしてよかったな。
泊まるホテルはインターチェンジのそばで、飲食店の選択肢は限られるし、そもそも時刻も遅い。そこで歩いて行ける老舗そば店の金太郎を思い出し、まだ営業しているかどうかと歩いてみると、幸いにして営業中だった。10年ぶり以上かな。地ビール、日本酒2合、いたわさ、なめこおろし、桜エビのかきあげに挽きごもり玄もりそば1枚。
わたしが入店してからも続々とお客様が来て寂しくはなかったが、閉店は9時の模様で若干せわしない夕食だった。コンビニに寄って歩いてホテルへ帰る。
5月3日(月)
前夜に引き続き、悪夢を見続けてうまく眠れず、5時に目覚めた。もういいやとあきらめ、シャワーを浴びて6時にチェックアウト、そのまま東名高速に乗って帰宅。期待通り渋滞は全くなく、逗子についてから田浦へガソリンを入れに行って、それでも8時前に自宅に到着。
メインのコンピュータを生き返らせてあれこれデスクで帰宅仕事。そのうち、WEB関連で様々な問題が見つかり、修正作業。だが頭も身体も重くて本来の仕事をしようという気にはならず、結局昼前からベッドへ横たわり、ノートパソコンで細かい仕事をだらだらする。午後は、眠りこける。疲れているのかなあ。
宇都宮のレース関係者(?)W氏から宇都宮の名店、正嗣の餃子が届いてびっくり。何事かとメールで尋ねると「遅れたお見舞いだと思ってくれ」と。ありがとう。結局夕方まで眠りこけ、夕食には餃子を食べる。夫婦2人で5人前の餃子をおいしく食べられたから身体の調子は良くなりつつあるかな。1日、ガッツリとお休みの1日になった。
5月4日(火)
頭が動かない。何もせず。週末、仙台に行ってスポーツランドSUGOのイベントを取材するつもりだったが断念、ホテルをキャンセル。
5月5日(水)
頭が動かない。デスク周りの整理。定型仕事を進めておく。弱ったな、随分仕事がが溜まり始めているような気がするが……?
今に始まった話ではないが、もう部屋が資料本であふれているので、思い切って処分を考える。資料を手放すというのは、わたしにとっては仕事の方向性を変えるということに等しい。まあ、いい年齢なんだし、頭を思い切り切り換える時期なのかもしれないね。でも資料は捨てられないよねえ。倉庫を借りるのもナニだし、それならいっそ庭に倉庫でも建てるかな。
5月6日(木)
朝、取材先に向かう途中、時間があったので、通り過ぎる近くにJAFの地方支部があるようなので、立ち寄って、遅ればせながら今季のJAF国内競技車両規則書を購入。昨年は、インターネットで全文をpdfでどなたかがアップロードしていて、それをダウンロードしてプリントアウトして使っていたんだがな?今年は車両規則書が見当たらないのでJAF会員割引2430円で買ってきた。
朝、仕事の現場へ。午前中、取材。お昼過ぎに終わったので、お昼も食べずに駅までおみやげを買い、実家へ。実家着は4時。お土産を近所に届け、そのまま母相手にだらだら夕食に突入。
途中、以前からやらなくちゃならないと思っていた母親に対するインタビューをとりあえず50分ほど。。母親の戦時中の経験を記録しておきたいと思っている。まだまだ入り口だ。
ビールだけで酔っ払って眠りこけた。飲み食い、長かったからね。
5月7日(金)
ガストで朝食&時間調整。ぴったりの時刻に先方へ。なんとも煮え切らない取材というか、テーマがテーマで聞く方も答える方も絞りきれない。これはテーマの切り方に問題があるのではないかなあと思いつつも仕事を済ます。
お昼は食べるヒマがなく、駐車場の車の中でいくつか連絡をとって、そのまま午後のインタビュー。こちらも話はおもしろいのだが、求められたテーマでまとめられるのかなあと疑問。駐車場でM氏に会ったのであれこれ相談。船頭多くして、というのはこのことだね、という状態になっているというのが真相のようだ。いや、わたしは言われるままに仕事をするだけなんだけどね。
降り出した雨の中を帰宅。このまま仙台に行く元気はなかったなあ。自宅で美味しい夕食を食べ、落語のDVDを見て寝た。
5月8日(土)
予定を変えて生まれた時間、、デスク周りの整理、今抱え込んでいる仕事に対する頭と時間の使い方の整理を行う。
頭が、冬から夏に向けて切り替わる時期のようで、大分調子が良くなってきた。というわけで久しぶりに自転車でリハビリ走行。夕食を食べてもおいしいし、忘れて久しいアルコールによる多幸感を若干感じて、ウイスキーを追加。わたしの脳味噌は、やはりどうも扱いづらいですね。
5月9日(日)
ダラダラと仕事。儲かる儲からないは別にして、やらなければならないことはとめどなくころがっている。目先の仕事からは逃げて、先の仕事をかじったりする。午前中に、ひなたのお風呂。冬毛が抜けかかって、ひどい状態なので二度洗い。午後は自転車リハビリ走行。
5月10日(月)
朝一番で東海大病院でリハビリ。良い感じ。そのまま帰宅、少々睡眠不足でふらふらしているので、そのまま上京してインディジャパンの発表会へ出席することはあきらめ、昼寝。
夕方、新逗子駅に落としてもらい、頭を刈ってから湘南新宿ラインに乗って上京。約束スレスレの状態になってしまったので、渋谷で下りてタクシーでJRPへ向かう。ジャストオンタイム。
同業I氏と、白井裕新社長インタビューを1時間ほど。成果を抱えて神保町へ歩き、I氏オススメのビアホール/洋食店、ランチョンへ。古式ゆかしく、どこか浅草の神谷バーを思わせる雰囲気がよろしい。生ビール、黒生ビールにワインを1本。エスカルゴ、サーモン、ソーセージ、メンチカツなど、大変美味しゅうございました。
さっさと帰宅、1時間ほど時間があったので、クルワカンに寄って焼酎。隣についたフロアレディーは、インド方面を放浪しつつあれこれ経験してきたとか。このスナックは、12時にきっちり店じまいするのでわたしのようなズルズルの酒飲みには大変よろしい。タクシーで帰宅。
5月11日(火)
1日中コンピュータに向かってだらだら仕事をしているから効率も上がらないんだ、気分転換もしなくちゃと思うが、とにかく仕事が溜まっている状態で、それができない。これを悪循環と言うなあ。
夕方、霧雨の降る中、自転車に乗って膝の執刀医の病院へ行き診察を受ける。これまで左足を支えてきた装具を、日常生活に限って外して良いことになった。また、軽くぴょんぴょん跳びはねるような動きも許された。次の段階に入ってきましたね。早く走れるようになりたいなあ。
5月12日(水)
ベッドに入ったら、ケーブルTVで「海底軍艦」など放映しており、「おお、懐かしいなあ」と見始めた途端にそのまま眠りこけた模様で、今度はすやすや眠っていた女房が真夜中、海底軍艦と怪獣マンダが、あんぎゃー、あんぎゃーと格闘する音で睡眠を妨げられた模様。わたしはなにも知らずぐっすり寝て目覚める。
定例採血に行かなければいけない日だったのに、ついつい朝ぐいっと野菜ジュースに栄養剤を飲んでしまったので、念のため来週に延期。
明日から1泊2日の取材だったが、朝、明日の取材キャンセルの報せがあり、取材はあさって日帰りに変更。ホテルをキャンセルし、明晩食事をする約束をしていた人にキャンセル連絡。申し訳ない。
だらだらというか、こつこつ仕事をするばかり。膝は疲れが溜まっている模様なので、今日は自転車をこがず。
5月13日(木)
締め切り迫る雑誌記事の下調べ。これがもう、手間がかかっていけない。ぽっかり空いた午後の時間もそのまま調べ物。名メカニックに電話してあれこれインタビュー。リハビリ自転車こぎ。
5月14日(金)
早朝よりクルマで取材先へ向かう。抱えているテーマが多すぎるのか、それとも寝ぼけていたのか、高速道路を全く逆方向へ向かって走り出してしまった。(もちろん「逆走」にあらず)リカバリーがきいたから助かったけど、「あれ?おれはどこへ行ってなにをしようとしていたんだっけ」状態だった。ガストで時間調整の朝食。インタビュー1時間強。なかなか興味深い話が聞け、収穫は大きかった。で、とんぼ帰り。とんぼ返り?
帰宅後は睡眠不足で使い物にならず、各種連絡やら調べ物をだらだらするが、原稿には手がつかず。膝には少々疲れが溜まっているのか違和感があるので自転車こがず。なんとか身体を回復させようとしている身には、国会でつまづいてころんだかなにかして、「歩けるのに」わざとらしく車椅子で登場、松葉杖を使う某女性議員の姿にイラつきますね。優しくない?そう?どうも身体と頭がすっきりしないのは季節のせいかな。
5月15日(土)
朝一番で自転車で逗子病院へ行き、肝臓の超音波エコー検査。いつもと違う技師だったが、妙に念入りなので若干心配したら「全く問題なし!」との宣告。よろしいですね。ついでに切れかかっていた薬の処方をしてもらい、自転車こいで帰宅。
あとはだらだら仕事。モナコGPやらニュルブルクリンク24時間だかやっているみたいだが、わたしは自分が食うための仕事をするので精一杯。
|
|