2月後半 逗子通信




2月16日(火)
朝、シーネ(ギプスの半身。フルモノコックに対するバスタブモノコック。ただし素材は、これは……グラスファイバーではあるまいがFRPですね)に換えて、左膝の装具がやってきた。シーネは支えて固定するだけの装備だが、装具はスプリングが入っていて、ある程度の体重を負担するというもの。装具を身につけたわたしは松葉杖を使いながら最大50%までのコーナーウェイトを許された。なんだ、両足あるうちの半分じゃ、当たり前じゃないかよと思ったら大間違い。人間の足というモノは、100%から0%まで巧妙に左右のウェイトコントロールをしてくらしているのだよ。それを左足だけは最大50%までしか使うなと言われると、まあ不便不便。

CPMで0度から100度。少々ぬるいので自分で115度まで上げて脂汗かいた。その後でリハビリ室。ここはなんか老人クラブみたいでものたりないな。装具を付けたので松葉杖での徘徊もゆるされた。で、院内理髪店に行ってみたら満員なの。驚いたね。

装具つけて歩き回れるようになったので、レンタル車両だったわたしの車椅子、ドチャメンコ8号は引き取られていってしまった。あの直進性の悪いじゃじゃ馬を、今度はどんなドライバーが乗りこなすのか、楽しみ(笑)。そのかわり、わたしのベッドサイドにはぽっかりと空間ができてしまった。せっかく駐車スペースを拡大したのにな。

相変わらず税金を垂れ流しながら地球環境を壊滅的に破壊して繰り広げられているというのに、思考停止状態の大メディアがはしゃぎまくるばかりのショースポーツにはまったく興味がなく、TVは死なせたまま。原稿もあるしちょうど良い。見舞いに来た女房と雑談。夜は消灯後まで原稿書きして、ようやく一段落。頭が興奮したので、ワハハ本舗のDVDを見て寝る。シーネも装具も外した生足は、置き場所がなくて、へたな角度をわずかでも付けると膝が痛むんで、熟睡できなかった。

2月17日(水)
病状的には落ち着いているんですが、痛いんですよ、左足が。動かさなければ何ともないんだけど、寝返り打って微妙な角度をとった途端に、えもいわれぬ痛みが走りましてね。おちおち眠れません。

今日は朝からリハビリが本格化して例のCPMやら、リハビリルームでのトレーニングやらと午前中たっぷり2時間。それから院内理容室に行って、頭を刈ってもらった。なにしろ朝6時に起きているんで、お昼ご飯を食べるとお昼寝ですね。昼寝は寝返りをあまりしないのか、1時間半から2時間ほど熟睡しました。

今は細々気を揉むよりは1日でも早く退院することだなとベッドの中で、自分なりのストレッチなんかしてたら猛烈に痛くなっちゃって大変でしたわ。20世紀少年第1章、第2章、をDVDで眺める。言っちゃ悪いけど、思わせぶりの支離滅裂映画で、流し見で十分。カステラーニのレオナルド・ダ・ヴィンチ観たあとだけにな。(ワハハ本舗挟んだがww)なんか、リハビリルームで借りて履いた左足のサンダルの痕が、妙にかゆくなって気持ち悪いんですけどね。おいおいおい。

2月18日(木)
ちょっと自主的原稿を書いてアップしたんだが、思うところあって、後出しすることにした。運良く(悪く)読んじゃった人がいたら、そのときはそのときで、とりあえず公式には今のところは引っ込めときますわ。あんまり足が痛いもので、指が滑りすぎたかもしれないからね。武士の情けをよろしくで。


今のわたしの左膝。天下御免の向こう傷。

この傷、手術後に1回だけ消毒をしただけで、あとはなにか特殊なフィルムを貼ったままなんだよね。で、シャワーもなにも、そのままできるし、傷口の様子も確認できる。医学の進歩ですなあ。正確には創傷閉鎖ポリウレタン・ドレッシング材というらしいんだが、「テガダーム」という商品名で一般販売されている。わたしの手術の場合、抜糸までこのまんまいくんだそうだよ。外傷の治療も便利になったもんですねえ。

今日は、見舞いに来てくれた女房と5階のレストランでお茶飲んでデートした。リハビリをしっかり進めて、1日でも早く退院しようと決意した。

2月19日(金)
寝返り打ったら、左膝をねじって飛び上がるほど痛み、そのまま起きて痛みに苦しむ羽目に陥った。草木も眠る午前2時。よっぽどナースコールしようかと思ったけれど、相部屋で騒動になるのもいやだし、身体を起こして約2時間、ときどきはうとうとしながら痛みに耐えた。

その間、ナースピンクが巡回に来てくれるんだが、他の重症患者の方に意識があるようで、わたしは「また真夜中になんかへんなことしているよ、このひとは」と見過ごされてしまったようだ。

ようやく4時過ぎ、なんとか眠ったと思ったら6時に採血だと起こされた。それからはいつものスケジュールだ。ただし、昨日から左足にできたひどい湿疹を皮膚科の医師に見せるため、診察室へ出向くという用事が増えた。自分では経験したこともないひどい湿疹を一目診察した女医は「たぶん金属アレルギーと、手術の負担がかかったんですねー」と片付けた。確かに膝の骨に4本ばかり金属鋲を打ち込んだからね〜。そういうこと?

その後、リハビリ。思うように数値が出ないので少々焦る。膝の中で起きていることだから、何とも言えないんだけど、頑張らなくちゃ。だもんで、午後はCPMで延び側マイナス10度、曲げ側120度でみっちり頑張りましたよ。

おかげで、過熱した膝を氷で冷やしながら気を抜いたら前夜の睡眠不足もあって熟睡。その間に某誌F氏、甥のA氏が見舞いに来てくれたようだが、(回診の医師も?)まったく意識は戻らず。生と死の間をさまよっている風情を十分にお見せしたしたうえでひとり目覚め、お夕食の時刻とあいなりましたよ。

昼間、主治医と立ち話して、週明けには抜糸して、状況次第で早々に退院かねえという話になった。嬉しいんだが、予定しているリハビリの、第2段階がまだ始まっていないんすけどね。

2月20日(土)
比較的安定した日々。昨日のリハビリが効いたのか、妙に膝の調子がいいんだ。朝6時過ぎに起きて、検温やらなにやら仕業点検をして、8時前にご飯を食べ終わり、8時半からCPMのリハビリ。今日は往復90秒、マイナス10度曲げ側125度と頑張ってみましたよ。やり過ぎてもいけないんだけど、やっぱり目標がないとね。廊下ですれ違った主治医が「これなら月曜抜糸、火曜退院ですかね」と、あっけないことをいう。

その後はリハビリルームに行って、リハビリ。松葉杖で階段を登るのって、感覚的に結構難しいのな。調子がいいのは事実で、昨日は出なかった筋電が出るんだ。担当のお嬢さんに「いい感じですよ」と言われて、「そうかい?〜」とデレつくわたしがそこにいましたよ。

あれこれお仕事のお手伝いをお願いしている方々にメール。シャワーを浴びて身体を磨き、昨日の脚の湿疹の治療。金属アレルギーだったら1年つきあうことになるのかね〜??

お見舞いに来た女房と5階のレストランでデート。抹茶フラッペがおいしかったっすよ。お夕食を食べ終わるまで一緒にいてもらって、火曜退院に向けて荷物の整理を始める。落語のDVDを観て、寝る。病室のTVは死亡中。ひょっとして、地上波TVとお酒は、卒業できるものなのかな? TVはともかく、さすがにお酒ほどに文化的価値があるものは、ここで卒業しちゃバチがあたるよね。

2月21日(日)
なんか、退院が現実の物となると緊張感が抜けちゃってまったりしちゃったなあ。短い時間で環境がまた大きく変わるんじゃ、深い仕事に没頭する気にもならなくなっちゃうしねえ。しかも、朝っぱら隣のオヤジがオリンピックをTVで音声出して観戦しやがって、この「オリンピックなら許されるだろう」的感性がまた許せなくて腹が立って眠れず、すっかり睡眠不足ですよ。

リハビリは今日はお休みなので、CPMのみ。この際、設定の限度、伸び側マイナス10度、曲げ側130度に設定して、ひとうなりしましたよ。でもこなせるね。退院後のリハビリはどうなっていくものなのかねえ。

この病院、おもしろくて朝っぱらからシャワー室の予約をわざわざナースが取りに来るんだよね。シャワー室は2つもあって、いつもそんなに混雑していないから、その場でどうにでもできるんだけどな。その昔、某巨大掲示板で、飛行機の座席についてのスレッドがあって、「エコノミークラスにデブが同じ料金で座るのは許せない。デブに挟まれた場合は最悪だ、デブは別料金をとるべきだ」という議論になったとき、誰かがひとこと、「デブは並べろ」と発言したことがあった。

このタイミングとセンスがわたしのツボにはまって大笑いし、ことあるごとに今でも思い出すんだが、今朝シャワー室の予約のことを女房にメールしたら、東海大病院では「オヤジは洗え」ってことになっているんじゃないか?と返してきた。オヤジはとりあえず洗っとけ。そうかもしれないなあ。大した女房だ。

2月22日(月)
ゆうべの夜あたりから、ナースピンクの間で「え?大串さんの退院は25日でしょ?」という噂が流れ始める。いや、確かに月、火で抜糸して退院というのもせわしないなと思っていたから、そうかな、という気もするし。でも2日病院にいてナニするかってのも問題だよねえ。

まあ、じたばたしてもしかたないし、そろそろお手伝いをお願いしていた原稿も上がり始めたので、じわじわ仕事をしながら夜を過ごし、カフェラテ飲みながら落語を観て寝ましたよ。

でも目覚めてみたらやはり予定は本日抜糸、明日退院で、いろんな作業が急に動き出す。まずプチプチと6針ほど抜糸の後、皮膚科へ送られ、レントゲン写真を撮り、リハビリをする。お昼を食べてからCPM。130度楽々で、気持ちよくなって居眠りして、ナースピンクに起こされて若干寝ぼけた。件のシャワールームで脚を洗って、ベッドに戻って皮膚科の薬を塗りつける処置をした。左膝が曲がらないんで、やりにくかった。これこそナースピンクの出動をお願いすれば良かったのかな?オレは間の悪い男だなあ。

甥のA氏が(おそらく授業の合間に)顔を出してくれた。東海大学医学部における今後の医療がどうあるべきなのかについて深遠なる議論をペラ2枚くらい重ねた。

で、1日が過ぎていきました。なんだか思いがけない休暇だったような気もするなあ。残る人生を意識して思い切って人体改造をしてみたわけだが、きっと良い方向へ働いてくれると思っているんだ。

2月23日(火)
朝から退院の準備。皮膚科に行ったり、リハビリ受けて今後のことを相談したり、その足でシャワールームに飛び込んで身体を洗ったり。ここに用意されている椅子が、具合良くていいんだよね。自宅のバスルームにある椅子だと低すぎて、左膝が曲がりきらない危険があった。(笑)

迎えに来た女房と荷物を持って駐車場へ。途中、松葉杖の予約延長。お昼に、道ばたのリンガーハットに入った。2週間ぶりの外食、しかも生ビールつきなのに、なんだか「あれ?こんなに感動がないモノかなあ」と拍子抜け。

帰宅後は、久しぶりの仕事場の再始動。病室に持ち込んでいたノートパソコン2台と、メインの同期とか、なんだとか、あれこれ手間がかるね。正直なところ、仕事の予定表を確かめる勇気はなかった。本来は、逗子マリーナのグランブルーオチアイへ女房の誕生祝いに出かける予定だった。落合シェフが来店予定の日だったようなのだが、よれよれのわたしが相手だと女房もおもしろくないようで、キャンセル。デリバリーのお寿司を食べた。(でも.グランブルーの予約はよくよく調べたら明日だった)

2月24日(水)
本来はメルセデス・ベンツの新型車発表会へ出かけるつもりだったが、夜、膝が痛んで十分眠れず、さすがにリハビリがてらとしても厳しく、泣く泣く断念。

病室に持って行ったノートパソコンの1台は、昨年購入以来、完全にスタンドアロンで使っている。だがさすがにOSのパッチがリリースされているのを無視するわけにもいかず、この際だからと敢えて作業。ところが、なんとマイクロソフトアップデートの影響で、無限ループが発生するというとんでもないトラブルが発生。ググってみると、各所で起きている問題のようだ。無限ループってのは、初心者エンジニアだった我々でも、そんなバグを書けば本当にバカにされたもんだよ?VISTAとか7とか、OSはひとつの臨界点にたどり着いちゃってるんじゃないのか? マイクロソフトはもう少し落ち着いたらどうだ?

ハードメーカーのサポート係に1時間以上も電話で手伝ってもらって、ようやくアップデート前の状況まで復帰させた。富士通のサポートは、とても優秀で親切。原因はOS屋さんなのにな。まあ、やはりパソコンのOSはひとつの過渡期で、VISTA、7と、必要ない商品だったろう。ちなみにうちは5台がXP、2台がいやいやのVISTA。未だにVISTAの意味はわからない。

島根在住の先輩から生牡蠣の贈り物。恐縮しながら、大変おいしくいただいた。某編集部員から退院祝いのお花をいただいた。ありがとうございました。

2月25日(木)
TVはオリンピックばかりなので、入院中に録画した番組を流しっぱなし。わたしが、税金を使うスポーツが大嫌いなのは、税金を使わず苦労してサーキットを走っているレーシングドライバーたちのステータスが低すぎるからだ。理由はさほど難しくはない。彼らの周りに税金が流れないために、金好きのメディアが動かないからだ。レーシングドライバーたちのステータスが向上するまでは、わたしは税金で買うオリンピックのメダルの数などに興味を払う気分にもならない。レーシングドライバーとチームが稼ぐようになったら、そのときは、税金ではなく彼らと彼らのファンの間に動くお金の中から稼がせていただく。

おそるおそる逗子駅から松葉杖使って上京。慣れもあるんだろうが、歩くのには非常にエネルギーを使う。バリアフリーインフラも、随分進んだなと思うが、わたしレベルでもおいおいと思う部分がまだまだあちこちにある。一般市民は総じて協力的で、人情ははるかに先行。これは嬉しかったな。

まずは赤坂であれこれ打ち合わせ。様々な問題はあれど、こんなときだから、こっそり攻めるところは攻めておこうじゃないの、という企み。

その後タクシーで六本木ヒルズへ。昔このへんにお世話になった事務所があってね……、でもいまはもうどこがどこやら、しかも六本木ヒルズに到着してからも、自分がどこにいてどこに向かえばいいのかがわからずオタオタ。なんで最近の建築物というのは人間の動線をこうも無視しまくるかね? って、田舎モノの八つ当たり?

ホンダCR−Z発表会。いや、わたしは気に入った。久しぶりに、早く乗ってみたい!と思うクルマだ。もちろん動力性能は知れているんだ。でもこれを6速MTで操る? いや、いいよねえ、ホンダっぽい発想だよなあ。「かっこわるくなったら、やめるからね」というコピーも、この閉塞した時代に少々いたずらっぽく響いてよかった。

おもしろかったのは52階のラウンジ。クルマが置かれているのにみんな、クルマそっちのけで窓にはりついて下界を眺めてんの。確かに絶景なんだけどね、やっぱりねえ。我がモータースポーツ界の裏話も出たが、悲しくなるばかり。幸いにして、自動車業界とは違う方面からのお仕事の打診電話がありましたよ。毎度あり。大串、まだふらついてますが、なんでもやります。

2月26日(金)
夜、痛み止めが切れると膝がしくしくと痛み出して目が覚める。これが厳しい。入院時はこんな思いはしなかったのだが、やはり退院して通常の生活をすると身体を起こしている機会が長くなるからかな。結局、睡眠はぶつぎり。

デスク周り、非常に効率が悪いけれどもじりじりと仕事を進める。夕方、膝手術の主治医がいる東逗子の東湘健診医院へ。大学病院と違って、待ち時間も最低限ですぐに診察を受けられる。夜の痛みは仕方がないとのこと。リハビリ計画について話す。

帰宅後、最後の牡蠣をおいしくいただきました。

2月27日(土)
やはり夜、膝が痛み出す。昼間、自主リハビリしている限りはどんどん可動域が広がり調子は良いのだが、その分、夜に痛みが出るようだ。今回はさすがに痛くてごまかせず、入院中も使わなかった座薬を使用。座薬も今回初体験だけど、案外つるんと入るものなのな。どこまで入れればいいかは、よくわからなかったが(笑)、効き目はてきめんで、明け方ようやく眠り直すことが出来た。

12時、ご近所在住A氏のお迎えで、六本木へ向かう。原冨治雄カメラマンの写真集発刊記念パーティー。恐ろしいのは、集まったのは知った顔ばかりということだ。ようするに、この業界ではまったく世代交代が行われていないのだ。暗澹たる気分になるなあ。元無限の木村昌夫氏と話し込めたのが嬉しかったが。水面下では今季のレース界についてのひそひそ話も。ええええ〜???

パーティーを早めに抜け、某F1雑誌編集部関係N氏、大先輩A氏と東京ミッドタウンの蕎麦居酒屋「江戸切庵」で、ツマミをとり蕎麦をたぐりつつ打ち合わせ。二人と別れ、電車に乗って帰宅。東逗子町内青年会から打ち合わせのお誘いなど。

2月28日(日)
やはり夜、膝が痛んで目が醒める。鎮痛薬は大体3時間半くらいしか効かない。冷やしたり、姿勢を工夫したりするが、うまく眠れない。結局、2夜続けて座薬のお世話になって、ようやく朝まで眠る。

ぼやけた頭で、遅れ気味の仕事を進める。夕方、町内会の青年会から呼び出し。東逗子の居酒屋「まつなが」。以前から気にはなっていたが、予想以上にレベルの高い店でびっくり。ただし、我が家でおでんが準備されていたので、ほとんどものは食べなかったけど(笑)

議題はなんと、リーダー格でありかつて東京で一緒に仕事をしていた先輩編集者でもある逗子在住の知人が、次期逗子市議選に出馬するというテーマ。まあ、いずれはとは思っていたけれども、こうあっけなく実際に物事が動き出すとは思わなかった。まあ、一生に一度は現場で政治に関わっても見たかったので、またとない環境だし、楽しみにしてますけどね。

とにかく、ゆっくり睡眠がとりたい気分です。手術は何のことはなく終わったけれど、どうも病人にはなって帰ってきたようですねえ。