12月前半 逗子通信




12月1日(月)
余裕ができたとはいえ、仕事は続く。1日、原稿書き。なかなか進まないし,夕方に東京で用事があったので早めに上京し皇居でも走ろうかと思った。でも結局夕方、仕事をしながら上京、渋谷のアートスポーツで買い物をしてから京王プラザホテルへ。

夕方から「青木拓磨ダカールラリー参戦壮行会」があった。拓磨とは古いつきあいだし,負傷後モータースポーツに復帰する際には手伝いをしようとしながら結局中途半端に終わってしまった負い目もある。で、出かけた。


拓磨と、コ・ドライバーの青木孝次選手。

今年のダカール・ラリーは、ダカールどころかアフリカとも無関係の南米大陸で行われる。スタートは1月3日。頑張ってこいよぉ〜。パーティーでは久しぶりに三橋淳にも会った。あなたも頑張ってこいよぉ〜。四輪レース界からは土屋武士が進行を仕切っていたほか、高木虎之介、本山哲、脇坂寿一らが顔を見せていた。嬉しい話である。

ところでこの壮行会の最初の挨拶をしたのが、元スケート選手の橋本聖子氏で、知らないうちに外務副大臣になっていたそうな。言ってはなんだが、大臣つうのは誰でも務まるもんなんだなあ。大丈夫か、この国という気分にはなったが、もちろん来賓としては嬉しい話である。本気かどうか、外交筋からも拓磨のラリーを支援する、とか。

お開き後、わたしは東京で夜遊びして泊まり、翌日は皇居で走ろうかと思っていたのだが、急に面倒くさくなり、さっさと帰宅。途中、南口のヨドバシカメラに寄っただけ。

12月2日(火)
1日原稿書き。ランニングだけ。

12月3日(水)
朝一番で逗子病院へ出向き、前回の血液検査の結果を確かめた後、インフルエンザ予防接種。若干数値に振れはあったが、これまでにもあった範囲内かな? 午後は若干熱っぽくなったので昼寝。その後は原稿書き。

12月4日(木)
午前中は仕事。午後、上京、まず渋谷でアートスポーツに寄り、先日購入したシャツとパンツのサイズ交換をお願いする。気持ちよく応じてもらったが、シャツは在庫切れで他店から取り寄せてくれるという。

その後某社の新車発表会へ。何人かの方と話す。その後、ランナーズステーションへ向かい、交換してもらったばかりのランニングパンツをはいて、皇居周回路へ。今日はハーフマラソンシミュレーションをするつもりだった。15時半頃から走り始め、2時間。夕方の景色がきれいで、気持ちよいランニングだった。暗くなってからランナーズステーションに帰還、シャワーを浴びて身支度。

できれば、発表会で会った方と食事でも、と思っていたが時間がないとの連絡があり、わたしはそのまま帰宅。

12月5日(金)
じっくり仕事して、ケリをつけようと思っていたら、ホンダから緊急のプレスレリースが流れてきて、急遽上京することに。午前中原稿を書き、午後、横須賀線で上京。車中で原稿書き。まず渋谷に降り、アートスポーツで交換品を受け取る。一貫して好感の持てる対応だったな。良い店だ。そこから青山のホンダ本社へ。

記者会見は思った通り、第3期F1活動撤退発表。うすうすは感じていた。発表された公式声明文では、第1期も第2期も「活動休止」だったが今回は「撤退」である。質疑応答の機会に、誰かがその点を質問すると思っていたのに誰も言わないので、敢えて挙手し「今回は何か違うのか」と問うた。

福井社長は「自動車が生まれて100年。今は次の100年、自動車産業にとって新しい時代に向かおうとしている。そのための体制改革である」というようなことをお答えになった。質問者としては、非常に満足した。わたしはホンダという会社が、今のグダグダになってしまったF1に関わっている意味がどこにあるのか疑問に思っていたクチだ。中途半端に休止と言わないところからも、世界的自動車メーカーとして新しい時代へ向けた決意が伝わった。わたしは今回のF1撤退を勇気ある決断と評価する。もちろん、レース業界に生きるわたしたちにとっては、重大な問題ではあるのだろうが。

第2期F1活動「休止」の際には、まだ元気だった亡き父親が「オマエの仕事にも影響があるんだろうな」みたいなことを言ったような記憶があるが、今のわたしは、しみじみはするけれども、内心「第3期は早く止めるべきだ」と思っていたから、特別に思うことはない。随分無駄なお金を欧州人に貢いでしまったんじゃないかなあ、と余計な心配をする程度か。

記者会見後は、いつもの流水書房に寄って本を物色。2冊ばかり購入して帰宅。女房の買い物につきあってお刺身など買い、帰宅。一杯飲む。

12月6日(土)
1日、仕事。夕方、ランニングしてから女房と藤沢へ。帰国中のF1ジャーナリスト、T氏と一杯飲む約束だった。奥様はすでにイギリスへ帰られたので合計3人。ところが藤沢の町が大混雑で、何軒か断られた後、飛び込みで入った日本料理屋が、運良く当たりだった。結構幸せになった。

女房が先に帰った後、二人で店を変えてワインにピザ。ところが日にちが変わる頃、T氏に急用ができ、お開きに。わたしはタクシーで帰ってきた。T氏、大丈夫かな?

12月7日(日)
みっちり仕事。合間にガソリンスタンドへ行き、久しぶりの洗車。つかの間の息抜き。帰宅後は遅くまで仕事。

12月8日(月)
遅れた仕事をひたすらこなす。とりあえず夜、一区切りの仕事を納める。

12月9日(火)
仕事と残務整理を進める。若干、気が楽になってきたか?

12月10日(水)
朝、7時すぎにクルマで家を出た。仕事先へ。約束の10時半にゆうゆう間に合って、仕事。お昼を挟んで仕事。終わったのが6時前。帰宅後、夕食。結局1日仕事。

数日前にメールで飛んできた広告にはまって、組み立て式天体望遠鏡などを注文していた。それが届いた。たかだか3千円弱のもので、おもちゃに毛が3本なのだが、久しぶりに天体観測などいかがだろうと思った。こんなに暗くて空気の良いところに引っ越してきたんだからもったいないよね。

12月11日(木)
朝、心療内科。天気が良いので暖かいうちにとランニングをはさみ、仕事。夕方、イギリスにいる某選手に電話インタビュー。

夜空も晴れて、月がきれいなので、早速組み立てた望遠鏡を三脚に固定してバルコニーへ出、天体観測。月をまじまじと眺めるなどいつ以来のことか。もう少し大きく見えるのかなと思ったが、まあ 値段なり。コペルニクス(多分)クレーターなどは確認できた。

12月12日(金)
淡々と仕事の1日。夕食は女房と逗子駅前で焼肉。女房が、通っているフラワーアレンジメントの先生(これが商店会会長の息子なんだそうだが)に聞き込んできた店、東海苑。焼肉外食では、葉山の「友琉館」を愛用していたが、いつしか観光名所になってしまい、店も何か勘違いを始めたらしく、今や心ある逗子原住民は東海苑だとか。なるほど牛タンとハラミはおいしかった。

新しくできたレンタルDVD店に行き、様子をうかがいつつ「ミナミの帝王」を借りてきた。ミナミの帝王って、もう60作もあるのな。ケーブルTVで随分見たけれども、まだまだだ。

12月13日(土)
淡々と仕事。合間に読書。女房がお出かけだったので、夕食に逗子駅まで出た。マッチポイントでシメサバ、アジフライ、生ハムなどをつまみにエール2パイント、スコッチダブルで2杯。

その後、気になっていた渚通りのの立ち飲み居酒屋「三遊亭」へ突撃。店主はシェフ服(正式にはクックコートと言うらしいのだが)に身を包んでおり、それなりの酒肴があっておもしろそうな店だったが、ご近所とおぼしき老客とカントリーウェスタンについて話しこむ羽目に陥り(これが逗子界隈の老人のあなどれないところだ)、店主に店名の由来を含め、あれこれ聞き込みすることができなかった。ダークラム2杯。「立ち飲み居酒屋、三遊亭、シェフ服」三題噺の世界だ。カントリーまで入れれば四題噺だね。駅で女房と合流、タクシーで帰宅。

12月14日(日)
朝、雨降る中、ご近所のA氏宅へ出向き、ピックアップしてツインリンクもてぎへ。FJ&F4日本一決定戦取材。わたしはF4に出走している某選手のインタビューが目的。30分で仕事は終わった。

イベントそのものも4時前に終わり、A氏と帰宅。行きも帰りも道が空いていた。さすがにこれが今年最後のサーキットだっただろうな。

12月15日(月)
朝から腹具合が悪い。気分が悪くて仕事が進まない。

スズキがWRC撤退発表。どんどん世の中が深みにはまっていくようだ。いよいよ冬眠に入る頃合いかな。木の実をいっぱい食べておかなくちゃ。