8月前半 逗子通信




8月1日(金)
どうも体調がよろしくない。おそらく溜まりに溜まった時差ぼけが今頃押し寄せてきたのだろう。仕事をしなくてはいけないのだが、頭が動かず効率が非常に悪い。困ったものだ。年はとりたくない。

昼前に上京、H社青山本社で武藤英紀インタビュー。FD参加以前の話に絞って聞く。なかなかおもしろい話が聞けた。流水書房で本の買いだめ。やはりたまには書店の書棚を巡りながら本を買わなくちゃいけない。

寄り道せずまっすぐ帰る。行き帰りの電車では熟睡してしまう。ボケボケだ。

8月2日(土)
なんとか仕事を進めようとデスクに向かうが頭が動こうとしない。弱った。ここはひとつ、太陽の下で汗を流してリズムを変えようと夕方、東逗子駅前の広場へ。今日から東逗子盆踊り大会で、わたしが混ぜて貰っている地域のグループが、屋台を出すことになっている。その手伝い。

今回は大人も相手にしようと「バー」を出店。あれこれ出店に関係する折衝は済んでいる。でもやはり子供も遊んでやらねばなるまいと、例によってチンチロリンと型抜きも。わたしはチンチロリンを担当。案の定、バーはいつしか居酒屋へ。


バー東逗子

照りつける太陽の下、大汗かいて準備。太陽がかげってからは開店して店員に。ただ、脇でバーをやっているもので、すぐにスタッフ〜!用の無料ビールがまわってきて、お酒飲み飲み子供の相手という、かなり教育上悪い状況に。でもこれが東逗子テイストではある。

9時に盆踊りが終わると、客引けを待って、そのまま打ち上げ宴会を軽く1時間。帰宅後、すぐ就寝。

8月3日(日)
これで調子が戻ったかと思ったら、やはり頭が重くて仕事がなかなか進まない。デスクに向かって四苦八苦。

夕方、また盆踊りの手伝いへ行く。なぜか「血液ガッタガタ」が人気のようで、何度も何度もかかり、浴衣姿のおばあさんたちが振りをつけて踊る。最近の盆踊りの定番? そうなの? 東逗子だけ?


いたいけな子供の射幸心を煽りまくって結構儲けた賭博場。畳店直送の畳製。

踊りが終わり閉店すると、わたしが景品に提供したニスモのキーホルダーが欲しくて欲しくてしかたがない子供がいて、300円で売ってくれと交渉を受けたのでそのまま差し上げた。価値のわかる人の手に渡れば嬉しい話。

聞けば仲間の息子のようで、連れの友だちと二人、モータースポーツが大好きだという。なんと92年のモナコGPの動画を携帯電話に保存して持っていた。じゃあそのうちもう少し深みにはめてやろうと折伏。

かわいく打ち上げ、帰宅してから夕食。

8月4日(月)
睡眠障害が出て2時前から眠れず、本を読むが眠くならない。朝方になってようやく眠ったが、今度は起きると頭がこれまでに増して重く、どうしようもない。あちこちに心の中で謝りながら1日グダグダしてしまう。本当に弱った。神様、ごめんなさい、もう二度と外国に行って仕事するなんて言いません……という話なのかなあ?

8月5日(火)
またもや睡眠障害が出て明け方まで眠れず。ただ、もうグダグダしている余裕はないので起床後はひたすら仕事。比較的頭が快調に動いてくれたので助かった。

8月6日(水)
とある場所で朝10時から大事な会議があり、絶対に遅刻できなかった。だが首都高速は今、タンクローリー火災事故の影響で通行止め箇所があり、全体的に混雑している。とにかく早めに現地へ着こうと早起きするつもりだったが……。

目覚まし時計のセットミスで、目覚めたのは6時半。慌てて準備して家を飛び出した。案の定首都高は大混雑。ナビの到着予定時刻は約束より30分遅い。弱ったなと思いつつ、慌てて事故を起こしてもしかたがないしと、できるだけその表示を見ないようにして走る。

これまで何度となく通った道程なので、いくらなんでもその到着予定時刻は悲観的すぎるなという見込みもあった。で走ったら、なんと会議開始予定時刻の5分前に着いた。神業だ!神様はいる。

昼食をはさんで会議。いろいろとプレッシャーを抱えて帰宅。疲れた。

8月7日(木)
夕方から皇居周辺を走ろうという集会に誘われていたが、仕事がある。朝から必死に仕事。なんとか形が着いたので、4時、逗子駅から上京。明日はもてぎへ出張なので、クルマで出かけて走行会の後は都内に泊まるということも考えたが、宿を探すのが面倒で、一旦帰ってくることにした。

今回の走行会は、F1グランプリ取材者が結成(?)したランニング愛好会、GPRAのニッポン集会という形。GPRA所属のS氏、O氏、GPRA名誉会長片山右京夫人R氏に加え、出版関係W氏、B氏、S氏にわたしの計7人が九段下のランナーズステーションに集合、走り始める。

わたしはと言うと、このところ忙しく時間がとれなかったうえ、洋行の影響で体調不良が続き、全然走れていなかったので若干心配だった。だが走り出してみると、案外からだが軽い。で、1周30分を切るくらいのペース、と思って走っていたら、快調なのに心拍数が急激に高まってきた。

「あれ? あれ?」と思っているうちにレブリミットの170を軽々と超え、桜田門をくぐって外周に出たところではなんと183を示す。ああ、これは危険だとペースダウンするが、身体の反応が鈍くて心拍が下がってこない。と同時に朝から怪しかった腹具合も悪化、少々厳しい状況に陥った。で、1周でリタイアを決めてスタート地点にあるトイレへ行く。

その後、2周目に入ったみなさんをただ待っているのもなんだから、逆方向へジョギング、桜田門へ行きターンしてまたスタート地点へ。おそらくこれでみなさんと同じタイミングでスタート地点へ戻れるだろうという計算。ゆっくりジョギングのペースでも心拍がすぐ上がる。やはりあまり体調が良くないのかもしれないなあ。

スタート地点で再集合、ランナーズステーションでシャワーを浴び着替えを済ませて、打ち上げ会場へ。ここへは会長の片山右京氏も現れるという。久しぶり。で、体調不良と言いながらビールを山ほど飲んで、みなさんと歓談。O氏と横須賀線で帰宅。午前様になった。

8月8日(金)
疲れと睡眠不足で、予定より遅く家を出る。首都高速は案の定大混雑。お昼過ぎにツインリンクもてぎへ到着、すぐさま予定していたロングインタビューにとりかかる。

その他いろいろ現地で取材しなければならないテーマを抱えていたが、アプローチの方法もまとまっていない状況で、身体も頭も疲れていてなかなかエンジンがかからない。結局あまり動けないまま8時前にホテルへ帰る。

そのままI氏、T氏とホテルそばのシェリーワインバー、ガンチョで合流、ハモンイベリコを食い、シェリーを飲む。なんだか勢いがついてシェリーをフルボトルで2本、追加でグラスを重ね、酔っぱらう。

8月9日(土)
疲れているのに深酒して少々二日酔い気味。千波湖ランニングは断念、ギリギリまで寝てサーキットへ。レギュラーの仕事をこなすだけで精一杯、追加テーマのアプローチ方向を考えて疲れ果て、結局実際の収穫はほとんどないままホテルへ8時に戻る。

なんと2日遅れで足回りに筋肉痛が出て難儀する。やっぱりいつもと調子が違ったんだなあ?今日はI氏とカメラM氏と、ホテル最上階の中華料理店で食事。早寝。

8月10日(日)
今回は現場仕事が遅れ気味なので、千波湖ランニングはできなかった。そのかわりゆっくり眠って若干生き返る。

で、2日かけてまとめた取材テーマに沿って取材開始。快調に取材が進む。神の助けか、次々とうまく取材対象の人間を捕まえることもでき、遅れを取り戻す。フォーミュラ・ニッポンの決勝第1レースでは、またもや大アクシデントが発生、キモを冷やしたが、深刻なことにならずに済んで胸をなで下ろした。第1レースのロイック・デュバルと松田次生の攻防は、今シーズンのハイライトではなかったか。これが自動車レースではあるなあ。

決勝が終わり、各チームの撤収が始まる中で最後の取材に駆け回る。結果的に、結構おもしろい内容にまとめることができそうだ。取材終了後、プレスルームで原稿書き。いつもはさっさと帰宅するところだが、今回はある程度の原稿を書いておかないと間に合わない。

8時近くまで原稿書きをして、帰路に。思ったより道が空いていて助かった。自宅で遅い夕食。

8月11日(月)
朝一番で家を出て、実家へお盆の墓参り。お昼にいつもの回転寿司屋へ母親を連れてでかける。なんだかストレス食いした。ビールが期間限定サービスで安かったのでガブ飲み。

実家で少々居眠り。白岡の駅まで女房に送ってもらい、わたしは湘南新宿ラインで西大井へ直行、イデアへ。前日に突然依頼を受けた関口雄飛インタビューのため。だが5時半の約束だったところ関口の到着が7時になるというので、デスクを借りて原稿書き。かえって助かったかも。

7時すぎから取材と撮影。その後イデアそばのステーキハウスで関口を交え夕食。帰路の横須賀線車内でも原稿書き&校正。思ったより綱渡りのスケジュールだった。ビールを飲んで倒れて寝た。

8月12日(火)
ひたすら1日仕事。いつもの仕事に加え、事務仕事やら何やら、いっぱい溜まっている。

通常、仕事中は仕事場のTVをつけっぱなしにしているが、オリンピックがはじまったおかげで、どの局もニュース番組の半分以上がやれ金メダルだやれ銀メダルだと卑しくも感情的な報道ばかり腹立たしい。地上波全局が同時にオリンピック報道をしているケースも珍しくはない。これは、3の倍数でもないのに国民をアホにするための実験なのではないか? と、オリンピックには何の興味もないわたしは思う。

8月13日(水)
朝一番で家を出てツインリンクもてぎへ。10時目標だったが、世間ではなんでも夏休みが始まったようで、帰省ラッシュが起きていて、首都高から高速道路下り線が大混雑。予定より1時間ほど遅れた。

ARTAのレーシングカートサマースクールの現場で帰国中の塚越広大取材。塚越の身が午後に空くというので、ホテルで編集部F氏、K氏と昼食。その後インタビュー。スクール修了式後、カートに乗れるというので、じゃあ乗っていこうとしばらくスクールの様子を眺めている。

久しぶりに亜久里に会った。いまだにわたしの身体のことを気遣ってくれる。優しい男だ。「めげていないか?」と聞くと「全然! あれだけ飛行機に乗っていたのに今は乗らなくなって、その時間何していいのかわかんないくらい」と笑った。別れ際、「目は大丈夫か」と聞くと「大丈夫!老眼くらい!」と言う。いや、そのことを聞いたんだけどな。先日会ったばかりの右京も老眼鏡を使い始めていた。イキのいい奴が出てきたなあと思っていた二人が、F1を通り過ぎて今は老眼か。わたしも年をとるわけだ。

夕方、KTを積んだカートで走る。できるだけサーキットを走る機会を見つけて走ろうと心がけているわたしにはありがたい。フレームはイントレピッド。ひょっとしてこのカートはいつぞや塚越、中山友貴と秋が瀬でレースに出たとき乗った車体ではないか?久しぶりのレーシングカートだったせいか、KTでももてぎ北コースを20周あまり走ると結構汗をかいた。

帰路はすいていて、すんなり帰れた。

8月14日(木)
ひたすら1日仕事。


8月15日(金)
ひたすら1日仕事。夕方、上京。T社K氏のご厚意で後楽園球場の内野S席から巨人ー広島戦を観戦する集い。いわゆるVIPルームだ。食事ができる個室があり、バルコニーには観戦用のシートが設けられている。こんな豪華な環境で野球を見るのは初めて。集まった方々も同様だったようで、みなさんはしゃぎ気味だった。

そもそも東京ドーム内に入るのは初めて。というか野球観戦は25年くらい前、後楽園球場でヤクルト戦を見て以来じゃないか。当時わたしは訳あって、ヤクルトのファンクラブに入っていたのだった。その後後楽園球場ではスーパークロスなども観戦したけれど(まだドームは建設中だった記憶があるなあ)、それ以来ドームは外から眺めるだけで通り過ぎていた。

ファンの野球離れが深刻だと言うが、まだ熱心なファンが大勢詰めかけて楽しげだ。これだけお気楽に現場へ来られるのは魅力的だよなあ。と、レースのことを思ったりする。


バルコニーの観戦席からの景色。

ゲームセット後は大人しく解散。わたしは当初から東京泊まりの予定で、安売りしていた品川プリンスホテルにチェックインしていた。で、新橋で湘南方面へ帰る方々と別れ、バーに寄っていくことにした。最初は武蔵に寄るつもりだったが、足を伸ばしてグレープフルーツムーンへ。

チェコのグラッパ、フランスのマールと飲んで、シガーにウイスキー、と思ったけれどもあまり夜更かしもしたくなかったので、そこそこで切り上げ、新橋駅前の富士そばでコロッケそばを食べて、山手線で品川へ帰宅。

品川プリンスは、25年近く前、最初に就職した会社を退職するとき、気分転換に数日間泊まって以来か。あのときは送別会もここから出撃したような記憶がある。思えば人の道を踏み外すスタート地点になったホテルだ。とかなんとかいう感慨もそこそこに早寝。