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7月16日(水)
実は今月末に急遽、イギリスへ飛ぶことになった。今年のル・マン24時間のサポートレースとして開催された「ル・マン・レジェンド」に出走した旧いグループCカーにしびれ、主催団体のことや現状を調べつつ、「いつか取材しようよ」と雑誌編集部にそれとなく提案していたら、いきなり「行ってこい」という話になった。
本来は考えられない話だが、たまたま別に動いていた企画と適合したようで、その先にも使える内容だろうということで異例の海外取材が異例の早さで決まったのだった。なにしろ企画書すら書いていないのだ。ただ、今月末かよ、と。しかも……2泊4日!?
ル・マン・レジェンドのシリーズ戦がちょうどシルバーストーンで開催されるからのタイミングなのだが、このイベントではヒストリックF1のイベントも併催される。それを丸2日で取材してこいと?
今シーズンのF1グランプリに行けと言われたら即座に断るところだっただろうが、グループCにヒストリックF1かよ。これはいかに飛行機嫌いのわたしとしても、腰が上がる。しかも行かせてくれるというんだから。問題は、今抱えている厄介な仕事だが、とにかく前倒しで片付けて時間を作ることにする。
というわけで、仕事、仕事、仕事。
7月17日(木)
今回のイギリス行の日程を冷静になって考えると、朝、成田で飛行機に乗って夕方イギリスに着き、眠って翌日シルバーストーンで取材、その夜眠って目が醒めたらまたシルバーストーンで取材、その夜イギリスで飛行機に乗って翌日夕方日本に着くという、怖ろしい日程である。
そもそも、2泊4日の日程でよく格安チケットが入手できたなと思うが、まあ何か特殊な手があるんだろう。現地では、英語不自由なわたしの通訳に津川哲夫氏が同行してくれることになった。だがわたしよりも津川氏の方がはしゃいでしまって仕事にならなくなるかもしれないなあ。なにしろCカーにヒストリックF1だ。
しかも津川氏ってばわざわざ電話してきて「飲もうな!」と言うし。この日程のどこでわたしは津川氏と深酒できるんだろう。あ、そうか、深酒しなければいいのか。そんなの可能か? ほとんどなにかに挑戦するような旅になりそうだ。
というわけで朝心療内科に行った以外は仕事、仕事、仕事。心療内科では投薬を減らし、最終段階に入った。
7月18日(金)
仕事、仕事、仕事。ほかには本当に何もせず。
7月19日(土)
仕事、仕事、仕事。ほかには本当に何もせず。明日はカートレースに出場する。
7月20日(日)
忙中閑あり。先日ツインリンクもてぎで新しいミジェットカーに試乗させてもらったとき、この選手を養成するためも考えて、レーシングカートでオーバルレースをやるという話を聞き、そこにレーシングカートユーザーの入口を作る可能性を感じた。で。第1戦にエントリーしたのだが、豪雨予想で中止。
今回は天気は大丈夫そうなので6時前に家を出た。レースで乗るのはレンタルカートとして人気の例のビレルのシャシーにホンダの汎用エンジンを搭載した、まあ、要するに、カート初心者というかそれ以前、初体験レベルのユーザー向けのしろものなので、乗ること自体にはまったく興味はなかったが、オーバルレースを一般客を集めて開催するというシステムがどうなのか、参加費用と内容は見合うものなのか、カート人口を広げるきっかけになりうるものなのか、調査のつもりでエントリーした。もちろん自費でね。1万5千円。
ショートオーバルレース第2戦で経験したオーバルカートは、オーバル独特のテクニックが必要なことがわかって、そういう意味では確かにおもしろかった。山ほど走らせてくれたし。でも結局、あの、言ってはなんだが、ビレルが作ったドシロウト向けのシャシーに超低パワーの汎用エンジンを搭載したカートでは体重順に順位が決まってしまうようなところがあって、レースそのものは白けっぱなし。
何か可能性を見つけようと参加してみたが、かなりのワザを考えないと広く喜ばれリピートを誘う商品にはなるまい。おもしろかったがおもしろくなかった。微妙だ。利用の仕方は、よく考えてみることにする。ちなみに順位は17人中12位(笑)。
帰路は渋滞もなく快適に帰宅。夏野菜カレーを食べてベッドへ。F1は…途中で寝た。その後でレース展開がおもしろくなったらしいが、見た目の汚いものが走り回る姿はわたしを眠りに誘う、と捨て台詞。
7月21日(月)
とかなんとか言いながら、朝、軽い筋肉痛をおぼえて、がっかり。運動不足もはなはだしいなあ。これじゃまともなカートには乗れないわ。
ただ1日何も考えずにいられたせいで、リフレッシュはできた。で、一気に仕事に取りかかると、お昼に電話が。お世話になった大先輩T氏が上京中とのこと。これは是非拙宅へ来て貰わねばなるまい。というわけで、2日続けて忙中閑あり。
昼過ぎから山ほどビールを飲んで歓談。これも大変よろしい。遠方から来たる旧き友を歓待せずして何のための人生か。夕方T氏を女房の運転で逗子駅までお送りして帰宅、ビールを飲み直しながらそうめんを食べ、仕事の続き(の一部)を片付ける。
7月22日(火)
1日、仕事、仕事、仕事。
7月23日(水)
朝一番で定例の逗子病院採血日。今日はその後11時から取材の約束が合ったので、女房を病院の駐車場に待機させておき、採血終了次第そのまま駅へ運んで貰って上京。
GTAにて取材。猛烈な陽射し。モータースポーツジャパンの発表会もあったが、そのまま帰逗子。新逗子駅で頭を刈り、薬局で朝処方して貰った薬を受け取って帰宅、今日取材してきた仕事の音声起こしに取りかかる。
と言っているそばから家庭内LANの調子がおかしくなり女房側のパソコンから共有プリンタが動かなくなる。それで数時間は損をした。結局修復できず。本日中に音声起こしを済ませなければ明日がつらくなるところだったが、到底無理な状況に追い込まれた。崖っぷちから半分身体を乗り出した感じ。
でも、悲観したところで事態は変わらないんだしと気を取り直して明日最善を尽くそうと夕食をとっていると、週末のイギリス行の日程に女房が疑義を唱え始める。言われてみればそうだな、と送られて来たばかりの航空券(と言ってもただのコンピュータのプリントアウトだが)を確かめてみると1日間違えていた。2泊4日の強行軍、と思っていたのが3泊5日だった。なるほど格安チケットも発券されるわけだ。
ああ、そりゃ少しは救われる、と言っている場合ではなくて、当初の帰国予定翌日には大事な取材の予定を入れていた。15時。これが帰国当日になってしまう。飛行機は11時10分に成田に着く。不可能ではないが、偉い人相手の取材で約束ができるタイミングではない。慌てて編集部に電話。申し訳ない。つうか、週明けには納めなくてはいけない仕事がいくつか並んでいるのに、大丈夫か?オレ。心当たりのある方は、足を踏ん張って、準備をよろしくお願いいたします。わたくし、全力で事態に対応する所存でおります。
7月24日(木)
夕方、BAのサイトにアクセスしてみたらオンラインでチェックインがでいることがわかり、座席を窓側から通路側に移動した。ほぼ満席状態のようで気が重い。ただ、そのおかげで1時間ほど起床時刻を遅らせることができた。
あとは仕事。
7月25日(金)
朝、逗子駅まで送ってもらい、大船へ出て成田エクスプレスの特急に乗って成田へ。BAカウンターで同行のカメラマンT氏と合流、その後わたしは携帯電話を借りたり両替したり、津川家用雑誌などを買い込み、恒例のお寿司を食べたりしてからボーディング。
修学旅行の一行なのか、うようよ子供がいて機内の貧乏人エリアはほぼ満席。ハリーポッターなど見ながら早々に出てきた「夕食」を食べワインを2本もらって飲み、睡眠導入剤を服用して寝る。だがうとうと状態のまま。ヒースローまでの12時間はつらかった。
入国審査では機嫌の悪いおばちゃんにひっかかり、友人に会いに来た、では滞在時間が短いだろうと難癖を付けられ、友人であるところの津川哲夫氏に電話されるという騒動になった。津川氏が説明をしてくれたようで入国させてもらえたが、非常に気分悪い対応であった。まあ、こっちの英語が片言なのが一番悪いんだけどね。
レンタカーをピックアップ、そのまま津川邸へ行き、予約をお願いしていたホテルへチェックイン、また津川邸に戻ってバーベキューの夕食をいただく。で、そのまま飲みに入り、余り飲まない同行カメラマンT氏をよそに3時まで。長居しました、すみません。時間の感覚がなくなっていたもんで。
7月26日(土)
朝、8時起きはつらかった。あたりまえだよねえ。
津川夫妻と待ち合わせ、シルバーストーンに着くとちょうどグループCカーの群れが第1レースのためにコースインするところ。グループCカーについては、土曜朝に短い第1レースがあり、日曜夕方に1時間半の第2レースがあるという趣向。
今回の取材対象であるザウバーメルセデスC9の姿を確認、第1レースの様子を眺めようとコースに目をやると、スタートした後、C9がストレートに帰って来ない、あれれ?とイヤな予感につつまれていると、プリマガズポルシェが横腹を大破してサルベージされてくる。
え、まさか、と思ったらその通りで、C9が突っ込んでC9はフロントを大破、そのままパドックにも戻ってこないままガレージへ帰ってしまった。取り残された我々はポカーン。何しに来たんだったったっけ、オレたち、という感じ。
東京の編集部と相談の上、急遽メイン取材の対象を切り替え、取材。今回はヒストリックF1のレースもあり、もうレトロなオヤジは夢心地。エイモンAF101だ、デトマゾ505だと、こんなのがよく残っていたねという車体を確認、呆然とする。ポルシェ908のクーペの実車を見たのもこれが初めてだなあ。

エ、エイモンAF101だっ!

デトマゾ505の1号車ですねえ……

ヘスケスのこんなマーク、初めて見た。こいつ、元々はクマなんだよな。耳、どうした。
夕方8時から、オールドスポーツカーの90分レースがあり、スタートからしばらくを眺めて帰宅。ローラT212が速かったが、908のなんと美しいことよ。あ、エイドリアン・ニューウィーの乗ったGT40も走っておりましたよ。グッドウッドの大クラッシュ後、修復したんですね。
夜はピケJrのエンジニアをやっているというK氏夫妻を含め6人で、ウィットニーのインド料理店Rajへカレーを食べに行く。津川邸へ行くと大抵みんなで行く、仲間内では有名な店。うまいんだ、これが。今回のハイライトはカレー風味のムール貝だったかな。
で、明日に備えて早めに(?)ホテルへ帰る。
7月27日(日)
1日、仕事、仕事、仕事。と言っても、イベントを眺め、それを楽しむというのが今回の取材のテーマなので、気楽は気楽。やらなければならない、ということは良くも悪くも昨日終わったし。
シルバーストーンは前日に引き続き猛暑。87年に初めてシルバーストーンに来たときもこんな天気だったなあ。いや、87年は何度か来ていてどれが初めてだったか忘れた。F1は猛暑だった記憶がある。英国F3レースは雨が降ったような記憶がある。

サーキットはこれくらいマッタリとしていないとね。
お昼に、フィッシュ&チップスを食べる。みなさんと一緒だと絶対に話題に出ないイギリスの伝統的軽食ではあるが、B級グルメのわたしは残念ながら嫌いではないのだなあ。で、ひとりでいるとき、これ幸いと早速食べた。問題は、オーストラリアで食べると比較的良いのだがイギリス本国では油をきっちり切らないので非常に油っぽい点である。でも、おいしくいただきましたよ。さすがに油まみれのチップスは半分以上残しましたが。
ヒストリックF1レースは、ただでさえ豪華な光景なのに、あんな名車をそんな壊し方するかね、とあきれるようなアクシデントがあったりして見応え十分。現代のF1よりは1.5倍ほどおもしろい。
夕方4時からメインイベントのグループCカー90分レースがあった。スタートから半分をパドックのバーで、残り半分を1コーナーインフィールドのスタンドで観た。スタンドからのんきに眺めるレースはいいなあ。
で、夕食は津川邸へまたもやお邪魔する。カメラマンT氏は、やはりお昼にチップスを食べたらしいのだが、その油に当たったようでダウン状態。それをよそに、わたしは津川夫妻とあれこれ食い散らかす。この胃袋の丈夫さが若干恥ずかしい。T氏は先にホテルへ帰り、わたしは日にちが変わる頃、ホテルへ帰還。津川さん、お世話になりました。奥様からは女房へお土産までいただくし。
7月28日(月)
朝、10時チェックアウト、早すぎるかなと思いながら他に何もすることがなく、T氏とヒースローへ。レンタカーを返却し悪名高きターミナル5へ。チェックインは、昨日シルバーストーンのプレスルームでつないだインターネットで済ませておいた。たまたまカウンターの係員が日本人で、早すぎるけれどもバッゲージを受け取ってくれたので身軽になれた。
そのまま出国。入国とは違い、パスポートコントロールの若いおじさんは、わたしが「レース関係の原稿を書く商売をしている」と言うと目を輝かせ、「オレもモーターレーシングが大好きなんだよ」と話し始め、「F1では誰が好き?」と聞いてくる。とっさに良い答が思い浮かばず「ライコネンかなあ」と答えると「あ〜、良い選手だよねえ!」と一応喜んでくれる。「バトンだ、ハミルトンだ」と言ってやれば良かったんだろうけどね。入国の時とは逆の意味で随分時間を潰した。
3時間ほど時間があり、わたしはターミナル内をぶらぶらするが、いまさら外国で欲しいものなどない。グレンフィディック15年の2本セットバーゲン以外は。でも結局買わず、椅子に座ってパソコンを広げ仕事をする。最後にバーでビールを飲み、ボーディング。予想以上に混んでおり、結局結構厳しい環境で日本に運ばれる。
7月29日(火)
昼前11時に成田着。怖れていたロストバゲッジも起きず、T氏と別れ、携帯電話を返却してJRの駅に走る。スレスレで逗子直通のエアポート成田に飛び乗れた。
電車に走り込んでゼーゼーしていたら、待ち構えていたようなタイミングで電話。デッキで話す。金曜日に武藤英紀のインタビューをしてくれないかという話。久しぶりに会いたいしOK。「息が荒いですね」と電話の向こうで言うから「今走ってきたところで」と答えたが、おそらく相手はわたしがランニングから帰ってきたところだと思っても、まさか成田空港駅の電車に飛び乗ったところだとは思うまい。
エアポート成田だと成田から逗子まで2時間半かかる。途中、もう1本電話。ヘロヘロに疲れて帰宅。トンカツを夕食に食べる。食事中、1本仕事のキャンセル電話。非常にタイトなスケジュールを強引に押し込んでいた仕事だったので、(お互いに)救われた。少しだけ仕事をして寝る。
7月30日(水)
若干遅めに起きて1日、仕事、仕事、仕事。
とはいえ、逗子海岸花火大会をスルーすることはできず、心の中で皆さんににお詫びしながら女房とお弁当を持ってバスに乗り逗子海岸へ。
ギリギリまで仕事をしていたので、従来に比べてもっとも遅い時刻に海岸へ向かう。でもいつもは打ち上げ1時間前くらいから「混んできたかなあ」という人出なので舐めていたが、今年はどうも様子が違う。打ち上げ2時間前近くに海岸へ入ったものの、浜は人で埋まっている。うそぉ〜!
人をかき分け、最前列の波打ち際に場所をとる。これからは潮が引いていく時間なので大丈夫だろうと踏んだら、やはりその通りだった。海辺の場所取りは難しいよなあ。というわけで、どんどん海に向かって空き地は増えていたが、開始1時間前には海岸入場規制が始まった。驚いた。こんなの、初めてだ。
で、驚きながらお店を広げてビールにワイン、唐揚げにオニギリ、ポテトフライと定番お弁当を楽しむ。花火は、お見事だった。これまで見た花火大会の中でも屈指の規模と演出。こりゃ見物人も増えるわけだ。
終了後、大群衆とともに駅へ向かい、満員のバスで帰宅。
7月31日(木)
時差ぼけを感じるヒマもなく仕事、仕事、仕事。洗濯物を引っ張り出す以外、荷物をほどくひまもない。
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