 |
5月1日(木)
原稿書きの1日。ランニングなど。
5月2日(金)
朝、逗子駅から電車を乗り継いで御殿場へ。逗子−(横須賀線)−大船−(東海道線)−国府津−(御殿場)、という経路で2時間弱。ゴールデンウィークの渋滞に巻き込まれるのがイヤだったから。
御殿場でレンタカーをピックアップ、駅構内の理容店で頭を刈った。それから富士スピードウェイ入り。当初予想したよりも天候がすぐれず、微妙なコンディション。
すでに某編集部で取材の予定が組まれており、連れ回されてあれこれ取材をするが、何が何の企画のための取材なのかよくわからない状態。わたしの頭がきちんと働いていないせいだ。申し訳ない。
暗くなってから一般道を走って沼津のホテルにチェックイン。面倒なので駅前のラーメン屋さんで博多ラーメンに餃子。ビールを飲んで帰り、倒れて眠る。
5月3日(土)
夜中に部屋の冷蔵庫が異音を発し、何度も目覚める。最初は原因が分からなかったのだが、冷蔵庫が元凶だとわかったので真夜中に電源を抜いて、ようやく安眠。当然寝不足。ランニングはとてもできなかったし、そもそも今日の仕事がまともにできるかなあと心配な状態で現場へ。
今日は某編集部に某編集部までが加わって、あちこちで取材。ますます何の仕事を自分がしているかよくわからなくなる。最後の最後、ISの取材を板東息子監督にしたのが一番おもしろかったかな。「こんなの作っちゃいました」感があって、非常によろしかった。
で暗くなってから沼津へ帰り、ホテルそばのお寿司屋でひとりお寿司。逗子の我が家には女房の知人が来て宴会中。電話する。我が家を別荘代わりに使って頂くのはとても嬉しい話。
5月4日(日)
6時に起きて早めに現場へ向かったつもりだったが、ゲート前で渋滞。今日のお客様の入り方は普通ではない。
レースが始まるまであの仕事、この仕事で連れ回される。自分の仕事はその合間にちょこちょこと。頭がきちんと動いていないので、何か不安が伴う。
レースの結果についてはさほど興味がないのでさっさと帰路に、と思ったが思ったより面白い展開になったのでなかなか脱出できず、フィニッシュ30分ほど前に脱出!と思ったらもう出口で渋滞が始まっていた。
ゲートを出てから裏道を通り、御殿場駅へ。ガソリンスタンドがどこもかしこも休みで、御殿場線を1本やりすごし、ガソリンスタンド探し。6時過ぎの御殿場線で帰路へ。松田の先は座って帰れた。やっぱり電車を使ったのは正解かな。松田で座ったら向かいはオカマの3人連れ。御殿場線にオカマ。しかも、表札を下げているようなオカマ。ああ、夜遊びしていないなあ、と思いながら、どこか癒されつつ帰宅。我が家で夕食。
5月5日(月)
珍しく、喘息の発作が起きて夜中に目が醒めた。クスリを飲んだらすぐに効いて眠れた。疲れた。でも1日仕事。ランニング。
5月6日(火)
朝、身体が重くて起きにくい。疲れているのか体調のせいか。おそらく季節の変わり目のせいだろう。とにかく起きて仕事をしなければ間に合わない。今年は少々体制が変わったので、仕事が溢れ気味。ガンバレ、オレ。
スーパーアグリF1の緊急記者会見がある日だったが、内容はわかっている。鈴木亜久里には、F1に手を出して欲しくはなかったが昔からの夢だったししかたがなかったか。それにしても集金システムと化してしまった現代F1グランプリの方に腹が立つ。もはや亜久里のような情熱だけでは対処できない異常な世界になってしまった。フォーミュラ・ニッポンよりなにより先に、1回潰してしまうべきなのが今のF1だと思う。
そんなことをつらつら考えながらランニング。病気で苦しんでいるとき、会う度に私の身体を気遣ってくれた亜久里には、(F1ではない世界で)再起と活躍を期待する。
5月7日(水)
週末、鈴鹿へ取材に出かける前に取材がいくつか入っており、綱渡りのような原稿書きをしなくてはならず、へろへろに疲れる。
今日は昼過ぎからニスモでGT−R取材。インタビューをしているうちに、いろいろ疑問も湧いてきてあれこれ確かめることができた。考えてみれば、エンジンはともかく車体についても完全に09仕様とは言い切れないのだった。そうだよねえ。というわけで、思ったより得るものの多い取材だった。対応して頂いたニスモ亀井氏に感謝。
帰宅後も原稿。さすがにランニングはできず。ひたすら文字を書き連ねる。素材がおもしろいので、さほど頭は辛くなかったが、肉体的疲労が重い。
5月8日(木)
朝6時半に起きてシャワーを浴び、イデアへ出勤。そこからクルマでH社栃木研究所へ取材へ。午後、NSXの12シーズンを振り返る取材。ここでも細かいところで新たな事実を確認。どこまで文字にできるかどうかはともかく、わたしの疑問はいくつか解けた。
今、F1よりも技術的な競争が激しいのは、実はスーパーGTではないかという、元F1プロジェクト担当者白井氏の言葉に納得。
帰路は、編集部のクルマの後部座席で熟睡。駅まで送ってもらって帰宅。取材にでかけている間に他の仕事のいくつかが、予想外の方向へ動いていて慌てて対応。まあ、わがままは言ってみるものだ。
5月9日(金)
朝、東逗子から品川へ出て新幹線に乗り鈴鹿へ。疲れていたのでお昼前に着けばいいかという旅程。
着くやいなや早速FCJ関連の仕事が始まり、その他諸々、どたばたする。夕刻、I氏のクルマで四日市へ戻り、松阪牛を食いまくる。タンはオーストラリア産らしいけど。レバ刺しもおいしかったなあ。満足してホテルへ帰る。
5月10日(土)
今回は疲れているし天候も悪化しそうだし、忙しそうだし、四日市だしで、ランニングギアを持ってこなかった。正解。朝から雨だ。
今日は別件取材があって、一般枠の選手達のインタビューをひとりひとりしなくちゃならなかったが、顔の見分けが付かず大変。でも、メーカー枠の選手と違い、意志の強さというか個性の強さが感じられておもしろかった。メーカーの育成プログラムはひょっとして、よい子をつくりすぎなのではないかという疑念も少なからず湧いた。でもまあ、レースは結果がすべてということで。
FNでは松田が強い。おもしろいなあ。人間って変わるものなのだなあと、松田には失礼だが思ってしまった。彼は「よい子」の一員だったと思う。だが明らかに一皮剥けたな。
昨日よりも遅く、I氏のクルマで四日市へ戻り、昭和食堂へ。今年は学生フォーミュラの見学に行こうかという話で盛り上がる。昼間、隣の席へ由良拓也氏が座ったので、あれこれ話すうち、今彼は「子紫電R」というK4用マシンの開発中らしくて、おもしろい話が聞けた。それも合わせて、レースのおもしろさとは何なのか、今、考え直し中だ。
焼酎を少々飲み過ぎて、ホテルでダウン。
5月11日(日)
I氏のクルマで出勤。FCJについて取材。話を聞いた選手、みんなおもしろかったなあ。特にイゴール・スシュコ。2年目にして初めて話したけど、実に冷静な自分の位置づけをしており、驚いた。おもしろいな、おまえ!
と言っているうちにF3。レース後、選手達の話を聞き、田中弘監督とも立ち話。
とかやっているうちにFN決勝。仕事取りすぎ? 今日のレースは確かに優勝した松田を褒めるべきなんだろうが、MVPはブノワ・トレルイエだ。こいつはすごい。F1でもちゃんとした体制でなら十分通用する。というか、勝つかもしれない。ヘルメットの中の形相がこちらに伝わってくると言う走りを、久しぶりに見た。ブレーキコントロール、アクセルコントロールともに完璧。これを賞賛せずに何を賞賛できようか。
ということでレースを最後まで観て余韻に浸っていたら帰宅のタイミングを逸してしまったような気がした。でも、まあ、早く帰って身体を休めないと明日からの仕事もあるしと、サーキット正門まで歩いたらタクシーが溜まっていたので乗る。なんだ、案外簡単に帰れたな。
今回の往復新幹線で、初めてEX−ICカードというものを使ってみた。携帯電話で予約すれば、チケットレスで改札を通り抜けられるというシステム。こりゃ便利だ。いつも帰りの名古屋駅ではせっかく携帯で予約してもチケットを出券する行列で時間を無駄にしていたからなあ。
ということで我が家でピザの夕食を摂れた。あれこれ溜まった郵便物とかメールを整理。08年度のA級ライセンスとカートライセンスが届いていた。ベッドに入ったらちょうどF1トルコGPが始まったが、かったるい展開で眠気に誘われ、途中断念。そろそろF1はFニッポンを見習わなくちゃいけない時代か? あ、そりゃ言い過ぎか?
5月12日(月)
朝から夕方までデスクに向かう。外の天候のことなど分かっちゃいないのだがやたら寒いことだけはわかった。人手が足りず、複数のクライアントのため複数の仕事を並行して進めざるをえない。そのうち、割り込み仕事が入ったりする。有り難い話ではあるが、良い仕事ができる環境ではない。
夕方、逗子駅から上京、スーパーアグリで伊沢拓也取材。帰り道、一杯飲んで帰ろうかと思ったがそんな余裕のある状況ではないことを思い出しまっすぐ帰宅。
5月13日(火)
今日も早朝から深夜までデスクに向かいっぱなし。途中、仕事を手伝って貰っているI氏には非常に力強い援助をいただいた。感謝。
そのうちヨーロッパからメールは飛んでくるわ(いや、これはわたしが悪かった。申し訳ない)、校正は返ってくるわ、取材音声は起こさなくちゃいけないわ、原稿は書かなくちゃいけないわ、締めきり伸ばせの交渉をしなくちゃいけないわで綱渡り。なんでも3月下旬の寒さだったんだそうだが、なにもわたしは知らない。何か、誰かと近々新しい仕事のための取材を、とかいう話をしていたような気がするが、正直何だったか思い出せない。すみません、心当たりのある方は早めに御連絡ください。大串はスケジュールの話をきれいさっぱり忘れています。
5月14日(水)
1日、仕事部屋に籠もった。何もかも間に合わない。ああ、何度繰り返すこの嘆き。「なんでうちには蔵が建たないか」
まあ、いろいろメールが飛んできて、中には仕事を褒めてくれる人もいたりして、それでかろうじて救われている感じ。
5月15日(木)
早朝から、夜寝ている間に頭の中でまとめていた仕事を原稿に変換し始めるが、はたと気づいて他の仕事へ切り替え。考えてみると今日はもう15日ではないか。今日までに納めなくてはいけない仕事が別にあった。
慌てて原稿書き。考えてみると、原稿に添える写真が足りない。急遽、心当たりに電話して写真を手配。みなさんありがとうございました。夕方には予定があったのでそれまでにと思って、フル回転。かろうじて間に合った……かな?
夕方のバスで、女房と上京、渋谷へ。知り合いの店でパーティーがあり、普段会おうとしても会えない他業種にわたる珍しい顔ぶれがちょうど集まるそうな。で、宴会。女房は女房で知り合いがいっぱいいるし、わたしはわたしで知り合いがいるので、なんだかせわしない宴席となった。そのうえ、我が家は終電が早いので、慌てて場を辞して帰宅。
わたしはそれまでの仕事で頭が固まっており、ほぐれないまま飲み始めたもののすでに次の仕事で頭がいっぱいになっていたので、必ずしも精神的に解放はされなかったが、普段会えない人たちに会えるというか、誘ってくれるというか、そういう場は本当に有り難いと思った。またよろしく。話したい人たちもいっぱいいたんだけど途中で消えてすみません。
帰ってきたら、なぜかわたしだけル・マン取材のパスが下りなかったという報せが。なぜ?それほど有名?(笑)とは思ったが、内心シーズンの真っ最中に1週間以上の外国行きが不安になっていたところだったので、もう一度ACOにかけあう、という編集部には「そこまで手間かけさせてまでル・マンに行きたいとは思わないし、もう行かないでいいんですけど」とメール。
おそらく、学生チームが出走するというので日本からTVやら新聞やら取材が殺到しているんだろう。なんだかものすごい時間の余裕が出来たような気分がして、妙に気が軽くなったりする。
|
|