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4月16日(水)
1日、原稿書き。他には、ほんと〜に何もしない1日。本来は、明日から茂木に入ってIRL取材をするつもりだったがとても無理で、宿をキャンセル。
4月17日(木)
午前中、少し原稿を書き、逗子駅から上京。東小金井まで行ってピックアップして貰う予定。中央線は懐かしい路線だが、いまや高架化されてどこがどこだかわからず。時代は流れる。ボブ・ディラン。
ようやく会えた方は、実はわたしが知りたかった時代には異動になっておりわからないという。関係ある話をできるだけうかがって、なんとか記事をまとめる方向を考える。
武蔵小金井まで編集部に送ってもらい、電車で帰宅。校了目前の原稿の方向について考え込む。こういうことは珍しくはない。ただ月刊誌でこれをやっていちゃあ、いかんよなあ。
4月18日(金)
夢の中でも原稿について考えた。とんでもない夢を見た。で、朝から原稿書き。あらかた原稿を仕上げておき、昨日の取材を追加するつもりでいたので、方向さえ見えれば、さほどの苦労はなかった、それでも1日かかった。
1本の特集をまとめるのは、雑誌造りの冥利につきるのだが、スレスレのスケジュールというのは寿命を縮める。なんとか全体をまとめようと夜まで苦闘。ただし、荒天の合間に雨が止んだので、日曜日のレースのため、念のため軽くランニングだけはしておく。
4月19日(土)
朝5時起き、支度をしてツインリンクもてぎへ向かう。今回買ったゴルフはパワーがあるので運転しやすいったらありゃしない。ドライビングプレジャーってやつを味わえるクルマになったと思う。だが、これはゴルフではない。わたしが好きなのは、もっと荒削りな、やんちゃなクルマだ。そうなると、ゴルフは50過ぎて乗るクルマではないということなのかもしれない。
とかなんとかいっているうちにツインリンクもてぎへついた。心配したコースは乾いている。これならレースができるなと思ったら、コースの数カ所で地中の水がコースの路面に浸みだしているとかで、レースが始められない。アメリカのオーバルレースというのはそういうものらしい。
3時まで待ってだめならレースは翌日延期だと聞いたので、3時15分ほど前に駐車場へ向かい、場内アナウンスに耳をすまし、順延が決まった瞬間、サーキットを脱出。大した渋滞もなく逃げ出せて、今日の宿である土浦駅裏の小さなホテルへ明るいうちにたどり着いた。
残念ながら、レース順延が決まった時点で、わたしの頭は、翌日に予定されている自分のレースの方へ切り替わってしまった。幸いにして、自動車のレースの方は直接受けた仕事はなかったので予定通りといえば予定通り。
ホテルからは、明日のマラソン大会の会場は10分くらいだ。荷物を置き、明日の昼すぎまでクルマを預かって貰う交渉をホテルとして、800円で妥結。朝になって駐車場を探すより、ギリギリまでホテルにいられるからいい選択だと思う。
で、風と小雨の中、そばのラーメン屋さんへ行って、味噌ラーメンと餃子と生ビールを胃袋に。まだ明るいので帰路、明日の会場となる運動公園をぶらぶら歩きつつ1周してイメージトレーニング。で、途中のコンビニで給水用の水やらお酒(?)やら買い込んでホテルへ帰り、ビールと缶入りウイスキーを飲んで早寝。
4月20日(日)
若干、眠り損ねた部分があったが、ホテルの映画をみているうちに眠れて、当たり前の睡眠時間はとれた。6時に起き、バスのお湯に浸かってリラックス&目覚まし&カロリーメイトの朝ご飯。
お風呂から上がったら、ちょうど某AS誌編集長から会場到着の電話が入り、こちらも準備をして大きな荷物はクルマの中に置いて歩いて出かける。
その後会場でA氏と会ってからは「走行日誌」に。かすみがうらマラソン大会に出走。10マイル、16kmちょっと走って結果的に惨敗。勝てるとも思っていなかったし、ちょっと楽に走りすぎたかも知れないが、やはり血圧が高いのが怖いので、自分としてはベストを尽くしたと大満足。
レース後、A氏と土浦駅近くのウナギ屋さんでウナギを食べる。走り終えると次、走りたくなるから不思議だよな〜。というわけでそこで別れわたしは一路帰宅。聞けば、その後常磐自動車道では大渋滞が起きたらしいので、ラッキー。
帰宅後、本当は倒れて寝たかったが締め切りを控えた原稿があったので原稿を1本。書き出してから忘れていたインタビューを思いだし、慌てて井出有治に電話して電話インタビュー。快く答えてくれてありがとう。おかげで助かりました。
それでベッドへ潜り込み、ケーブルTVで高田渡の「ブラザー軒」など聞いてちょっと涙。で、寝る。
4月21日(月)
さすがに疲労があったのか、身体中が熱っぽくなって熟睡ができなかった。そんなこともあって、ゆっくり眠りたい気分もしたけど、朝から取材の予定が入っていた。
で、早々に起きて身支度、逗子駅から戸越の編集部へ。今日は津々見友彦さん取材。津々見さんは20年以上前にこの商売を始めたばかりの頃、紹介されて以来の方。といってもこのところご無沙汰だった。
津々見さんの勘違いにより取材開始は1時間遅れたが、予想もしなかったサイクリング姿で現れたので、これ幸いと撮影から作業開始。その後、お話を伺う。非常に興味深くおもしろかった。
お昼に戸越近くのお寿司屋でお寿司。これが妙においしかった。戸越、恐るべし。津々見さんの話もおもしろかった。原稿のイメージがどんどんできてくる。
その後、某編集部から呼び戻されて打ち合わせ。先日収めた原稿に直しが欲しいというので、そのまま久しぶりに夜の街へ遊びに出かけようかと思っていたけれども直帰、仕事。外部ライターが納めてきた仕事をそのまま受け取るなと、ふだんから編集部の若い者に言っている手前、しかたがない。
4月22日(火)
1日、だらだらと仕事をした。
国内A級ライセンス及びレーシングカート国内B級ライセンスの更新を忘れていて、更新した。さすがのJAFも時代に即して手続が簡略化され、2、3日前にFAXを送っただけなのだが、今日にはもう仮ライセンスが届いた。このあたりがまさにお役所仕事だ。特別なインフラ整備もせず、こんなに簡単にできたんじゃないか、と思う。
光市母子殺人事件の差し戻し控訴審が行われて被告に死刑判決。わたしは死刑はあるべきだと思う人間である。死刑が残虐な刑罰であることはわかっている。しかしそれ以上に残虐非道なことを人間ができる以上、刑罰としてはあって然るべきである。
なにより自分が今回の本村氏同様の被害者になったとき、わたしは法律を無視してでも加害者を殺す。なんとしてでも殺す。これが感情論と言われたらそれまでだ。だが、そのときわたしのような犯罪者を生み出さないためにも死刑があって欲しい。もし、冷静沈着で賢い方々が死刑は非人道的だからやめようね、と決めたところでわたしは殺しちゃうんだから。新たな殺人犯を生み出す死刑廃止論は、どう考えても丘の上に住む幸福が保証された方々の理想論にしか聞こえない。
とかなんとか頭と身体をほぐそうと思ってランニングをした。自分の肉体と安全は自分の手でまずは守らなくちゃいけない。
4月23日(水)
朝一番で逗子病院。肝臓の数値は正常。ただ中性脂肪が多く、血圧も高い。というわけで、降圧剤を少量、投与することにする。なんでも血圧降圧剤は最近、血圧を下げるだけではなく抗ガンであるとかなんだとか、関係のないところに良い作用をするらしいという研究が進んできたんだそうで、医者には「飲んで損はないでしょう」と言われた。それも、少量だから、まあいいか、と。トレーニングしても大丈夫かと尋ねたが「まったく心配はありません」と言われた。
そのまま東逗子から上京、JRPで打ち合わせ。その後、千鳥ヶ淵を歩いて皇居周回路まで散歩。ちょうどお昼時で、大勢の人がベンチでお弁当を食べていた。さすがにもはや桜はなかったが、まだそこかしこにわたしの大好きな菜の花が咲いていて、懐かしい想いにつつまれる。気持ちの良い散歩。
ただ皇居周回路までいくと、ランナーに出会う。こんなに春っぽい天候になるのならばわたしもランニングギアを持ってくれば良かったと大後悔。悔やみながら初めて桜田門を「歩いて」くぐり、見物。東京人は東京タワーと皇居を知らないと言うけれど、本当にその通り。だがいまや逗子人となったわたしは、この年齢にして両方とも見物を経験した。
その後、赤坂某事務所で写真セレクト。帰り道、事務所の親分にばったり出会い、赤坂の街中で立ち話。とりあえず現状の確認が出来て、良かった。
そのまま帰宅。ランニング。
4月24日(木)
仕事以外の何もしない1日。こんな1日があっていいのかどうか、自分に問いかける。
4月25日(金)
前日同様、仕事以外の何もしない1日。またまた、こんな1日があっていいのかどうか、自分に問いかける。やってもやっても終わらない仕事があって、夕食には可愛い女房が夕食を作ってくれる、この1日が幸福ではないなどといったら神様のバチが当たるのだろうが、「もっと他に何かしなくちゃいけないんじゃないの?オレ」と思う自分がいるのも事実。これを焦りと言うかなあ。
で、ランニング、仕事は順調(わたくし的スケジュールでは)にこなしつつある。
4月26日(土)
朝6時半起き、7時に里帰りする女房の車で羽田。下りてみたら空港は大混雑。どうやらもう連休が始まっているらしい。満員の飛行機で熊本へ。
熊本空港でレンタカーをピックアップ、オートポリスへ。暖かいはずだったのに、結構雨が降っている。サーキットへ着いたら雨は止んでいたものの、強風で寒い。ここは寒くなるときは寒いので用心してきたつもりだったが、予想を超えた。
すぐにF3決勝。昨年F3取材にご協力いただいたチームのN氏がスイートルームをとっていたので、そこでタイミングモニタと映像を見ながら観戦。レースを通してオートポリスを知っている人は見方が違う。私は国内ほとんどのサーキットでレースをした経験があるが、オートポリスだけは走行経験がない。解説を聞きながら観戦する。
その後、F3ボーイズの話を聞くが、とにかく寒くて寒くて戦意喪失。5時前にはサーキットを出て宿のある内牧温泉へ。
阿蘇内牧温泉山王閣も、もう5年目。ひとりで泊まる温泉常宿になった。まずは温泉で身体を温め(今回も混浴の露天風呂には女性はいらっしゃらなかったが)いつも通り、牛焼き、馬刺し、天ぷら、サラダの夕食。
夏目漱石、二百十日起草の宿と名乗るこの宿で、漱石の好きだったエビスビールをひとり飲む。お酒もね。部屋で、オランダはアッセンにいらっしゃる方々とメールやりとりしながら原稿書いて寝る(ことにする。
4月27日(日)
疲れ気味と、荷物を軽くしたかったのとでランニングギアを持ってこなかったが、タイムスケジュールに余裕があって朝、ゆっくりできたのでもったいないことをした。
というわけでゆっくり宿の庭を散歩して、いつもの通り離れになっている漱石記念館へ上がり込む。毎年1回、漱石の部屋を訪ねて、一緒にエビスビールを飲ませて貰っている感じかな。

離れの2階へ上がる階段

漱石の部屋には、いつものエビスビールが2本。

阿蘇の山並みを眺めつつ(1989年製造の)エビスビールを飲んだ(つもり)
のんびりサーキットへ出かけ、取材相手を見つけては少しずつインタビュー。時間にゆとりがあって楽な仕事だなあ。今年のダラーラF3のフロントサスペンションは大幅にジオメトリが変わっているが、さらに今回、プッシュロッドをアップライトに取り付ける「エボ」仕様が登場。
レース後、取材して、4時にはサーキットを出る。空港に5時。飛行機まで2時間ある。熊本空港内の店で一杯飲みながら待つつもりだったがなぜかラーメンが食べたくなりまずラーメン餃子ビール。そうしたらお腹が一杯になってしまい、その他の店へ移って一杯飲む気がなくなった。で、早々に搭乗口へ行き、売店で買った雑誌をこれもまた売店で買ったビールと冷凍フライドポテトをつまみながら読みふける。おかわりは缶入りウイスキー。これでちょうど良かったな。
飛行機内では爆睡、バスで横浜、横須賀線で逗子。飲み直していたらF1が始まったがあまりにしようもない展開で、飽きた。
4月28日(月)
大人しく原稿書き。ランニング。
4月29日(火)
原稿書き、ランニング。
4月30日(水)
今日は連休の中日だし、天気も良さそうなのでランチを海岸で食べようかと女房と相談していた。で、でかけた。葉山は湘南国際村の、展望が素晴らしいというレストランに。ところがお休みだと。連休の中日に休み!?連休の中日だからか……。
というわけで、逗子まで戻り、海岸沿いのイタリアン「カンティーナ」へ。某居酒屋チェーンの経営というところがひっかかるが、それなりにおいしいのは以前確認済み。今回も、ピザのおいしさには大満足した。まあ、ピザっつうのはイタリアのお茶漬けみたいなジャンクフードの一種ではあるんだろうが、大きな薪釜で焼いたピザは、ほんとーにおいしーよ。通された席も、きらきら初夏の陽射しに輝くおなじみ逗子海岸が眺められる場所だったし、調子に乗ったわたしはビールを2杯。女房の運転で帰ってくる。
そんな庶民の楽しみを味わっているうちに、どこかのバカな政党が強引なことをやらかして、さらに我が国を滅亡へと追い込んだとさ。上野動物園のパンダ、リンリンの冥福を祈りつつ、我がニッポン国の冥福も祈らなくちゃいけないか。愛国者としては情けなくも悲しい話だ。
昼寝して、原稿書いて、お昼のカロリーを消費しようとランニング。計画通り、痩せつつありますよ、わたし。「その日のために身体を鍛えておけーっ」て言われていたのは、「若者」だったはずなんだけどね。
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