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4月1日(土)
原稿書きの1日。午後、御殿場のノバエンジニアリングへ出向き、猪瀬氏インタビュー。編集部員が風戸レーシングのプレスリリースのカラーコピーなど資料に持ってきたのでこちらが仰天。いろいろおもしろい話が聞けた。
帰り道の大井松田で編集部員と軽く打ち合わせ。返ってみると、エントリーしていたかすみがうらマラソンのゼッケンやら計測チップやらが送られてきたので、さすがにランニングをした。40日ぶり。少々参った。
4月2日(日)
原稿書きの1日、前日のランニングで筋肉痛が出たので、ほぐすつもりでランニングだけした。
4月3日(木)
原稿書きの1日。さらに強まった筋肉痛ほぐしのランニングのみ。
4月4日(金)
全身筋肉痛で、熱をもってうなされるみたいにして夜、熟睡できず。
朝、ラッシュ前に混雑箇所を通り抜けてしまおうと6時半に家を出る。すんなり富士スピードウェイに到着。今年のプレスパスなどの手続き。
到着してすぐパソコンを開いて宿題をしなければならないところが悲しい。A氏とあれこれ打ち合わせ。これも本来の仕事ではないのだが。
いろいろややこしかった部分が整理されつつあるように見えるのでよしとする。Fニッポン、F3、FCJと取材対象はやまほどあるのだが当然手が足りない。かろうじて要求されたことだけをなんとかすます。
夜は御殿場インター前に新しくできたホテル。誰も知り合いがいないので、ひとり、昔から気になっていたラーメン屋さんへ。ひとり客用に雑誌を置いていれば満点だったんだが、なかなかおいしかった。
睡眠不足につき、一杯飲んで倒れて寝る。
4月5日(土)
FCJ、F3、F・ニッポンと三本立てで仕事、その一方で、別件の仕事もデスクで進める。仕事が終わったのは9時前。ホテルへ戻り、コンビニ弁当で夕食をとり、仕事を少しして、寝た。
4月6日(日)
ピットウォーク時に富士スピードウェイ1周マラソン大会があるというので、できたら走ろうと思って朝一番でエントリーだけはした。せっかくランニングギアを持ってきたのに、ランニングする機会がなかったし。
でもFCJについて取材をしていたら、スタート時刻になってしまい、結局DNS。決勝レースを待つ間、鈴鹿のホテルに電話。レース後、そのまま鈴鹿へ入ることも考えていた。だが鈴鹿のホテルには予約が案の定入っておらず(インターネット予約時、レスポンスが怪しかった)、じゃあ今日は一旦自宅へ帰ろうと決意。ホテルには空室があったけれども、多分神様が一旦家へ帰れ、と言ったんだろうと思った。
レースは、もっと荒れるかと思ったが、案外大人しく終わった。表彰式を横目に帰路へ。東名に20kmの渋滞があったが比較的早く、7時過ぎに帰り着いた。渋滞の間中、大瀧詠一のCDを久しぶりに聞きまくる。日本のポピュラー音楽界が生んだ、最大の天才ではあるまいか。
4月7日(月)
朝一番で女房のクルマで新横浜に送ってもらい、編集部員H氏と合流、新幹線に乗って鈴鹿サーキットへ向かう。童夢S102のシェイクダウンテスト見学のため。
心配なのは天気だったが午前中はなんとかドライで走り出せた。久しぶりに、なんだか不思議な高揚感をおぼえた。やっぱりレーシングカーはスポーツカーかな〜。童夢社長の林氏、設計者の奥氏、ドライバーの伊藤大輔らにあれこれ話を聞きながら作業を眺める。ジャッドの技術者に英語でいくつか質問を。向こうの言うことはほぼ聞き取れても、こちらからは言葉がうまく出てこず、カタコト以前の会話になった。外国、行ってないもんなあ…。

ここの隙間がたまりません。ずっと眺めていたい感じ。ある種のフェチ。
幸いにもプレスルームが開いていたので、別件の仕事についてのメールをやりとりしながら仕事を進められた。思ったより鈴鹿を出るのが遅くなったので、東京に寄ってA氏、K氏に合流して飲むのは断念。雨も強まりそうだったし。まっすぐ帰宅。
4月8日(火)
嵐のような雨の中、心療内科へ。投薬続行。帰宅後は原稿書き。ル・マンに行こうかどうしようか迷い中。面倒くさいが行きたい。行きたいけれど面倒くさい。
4月9日(水)
原稿書きの1日。筋肉痛もとれたのでランニング。急遽、岡山行きを1日遅れさせ、飛行機やら宿泊やらレンタカーの手配のし直し。
4月10日(木)
原稿書きの1日。夕方、女房と横須賀へ行き、よこすか芸術劇場で、桂三枝・春風亭小朝の二人会を聞く。その後、いつもの「鳥の巣」で夕食。
4月11日(金)
原稿書きの1日。
4月12日(土)
朝、新逗子から京急をのりついで羽田空港へ行き、岡山便に乗る。岡山空港でレンタカーの軽自動車をピックアップ、岡山国際サーキットへ着いたのはお昼過ぎ。早速イベントとは別件の取材で人を探し、インタビュー。
その後あれこれ情報収集をして編集部員とあれこれ話す。ああ、スーパーGTよ、どこへ行く。
泊まりは赤穂。いつもと違うホテルで、周囲には何もなく、散歩がてら30分ほど歩いてコンビニを探し、コンビニご飯とお酒を買ってまた30分歩いて帰る。部屋で豪華な夕食。
4月13日(日)
6時起床、6時半に旅立ち、サーキットへ。某チームで、また別件の話を聞きがてら話し込む。そのついでにまたもや「ああ、スーパーGTよ、どこへ行く」という話題に。しかし別件で仕入れた話は技術的に非常に興味深い内容であった。
帰りの最終便がとれなかったので、1本前の便で帰京。そうなると、レースの3/4あたりでサーキットを脱出しなければならない。でもまあ大勢が見えたなというところで脱出。余裕を見たつもりが結構スレスレで、レンタカーを返し、搭乗手続をして搭乗口へ行ったらもう登場が始まっていた。
羽田からはバスで横浜へ行き横須賀線で帰宅。家では竹の子ご飯が待っていた。満腹するまで食べる。
4月14日(月)
今週は月刊誌の校了だ。資料集めだのテープ起こしだのは(かなり手伝ってもらったけれど)進めてはいたが、原稿そのものはまだ何も手をつけていない。今週、集中してやるつもりでいた。その方が良いものができる(はず)。こういうペースで月刊誌はつくりたくないんだが、下請けライターとしてはしかたがない。
ところが考えてみると月刊誌だけではなくて他の雑誌の締め切りも2本残っていて、あれこれ融通しながら仕事を進める1日。それでもランニングはしておいた。
4月15日(火)
原稿書き。資料探し、原稿探し。資料探し。その繰り返しで1日が終わる。我が家には個人としてはかなりの量の資料がある方だと思うが、だからこそ整理できずグダグダで資料探しには時間がかかる。自分で怖ろしいと思うほど原稿を書いているが、快調は快調だ。頭の具合は、今年はかなりよろしい。
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