3月後半 逗子通信




3月16日(日)
このところ忙しくて全然ランニングができない。ただ花粉が飛んでいるので、走りたいという気分にもならないのは事実。わたしは高校生時代はひどい花粉症に苦しんだが、今は直接の症状は出ない。それでもやはり身体が何かを感じ取るのか、この季節は花粉から身を遠ざけようとするようだ。

今回も、取材にランニングギアは持ってこなかった。朝、ホテルでいつもは食べない朝ご飯を食べて、サーキットへ出勤。途中、喪服やら何やら余分な荷物は白子駅のコインロッカーに置いていこうと思ったら、同じようなことを考える人がいるようで、ゆうべは空いていた大型のロッカーはすべて埋まっていた。

がっかりしながら家財道具をすべて背負ってサーキットへ。スーパーGTそのものは、あまりにも複雑になってしまったハンディ制度が鬱陶しくて、赤勝て白勝てで眺めるだけ。ただ、その裏の話はとてもおもしろい。

その他、スーパーGTとは無関係の、現在進めつつある企画の取材をいくつかする。サーキットにはいろんな方がいらっしゃるので取材のチャンスではあるのだ。

レースは最後まで見届けた。GT−Rの圧勝。だけれども、まあ、そうあるべきという結果だったので、まあよろしいでしょう。ただお客様がやまほどいらっしゃったので、渋滞になって早期帰宅は無理に。

しばらくパドックをうろうろしていたら、たまたまおもしろい人に出会って、これもまたたまたま今進めつつある企画についての取材ができた。

そろそろいいかなと思ってタクシー会社に電話しても「まだ動けない、それよりもサーキットのタクシー乗り場に行った方が良い」というので、荷物が山ほどあったけれども歩いていったら、まるで私を待っていたかのようにタクシーがいた。

その後は順調に進み、最終よりは1時間半ほど早く帰宅できた。もう夜中だったけれども鳥鍋で一杯。

3月17日(月)
花粉の影響なのか、身体が重い。だらだらしながら仕事をする。一歩も外に出なかった。支払いなど事務仕事。我がニッポン国がいよいよ経済的に破滅しようとしているのに、のんきに支払いなどしていてよいのかなあ。

校了を迎えている某月刊誌のための原稿を書く。二つの記事を繋ぐ役割をする記事なので苦慮。

3月18日(火)
だらだら仕事が続く。 とりあえず校了中に月刊誌の原稿は、それなりに自分では納得いく形にまとまる。あとは編集部まかせだ。

いろいろ興味深い動きに関する情報もいくつかメールと電話で入ってくる。欲は出さないけれども、うまくまとまればいいなあとは思う。

夕方、女房と上京。なんだか年中行事になってしまった義父義母と「フグを食べる会」。今回は以前にも何度か使ったことのある渋谷の「宇和島」。義父義母のサファイア婚祝いも兼ねて。

私も非常においしく楽しんだが、何より体調の優れない義父がよろこんでフグをたべてくれたのが嬉しかった。気分良く帰宅。ついでにグラッパなど飲んで寝る。

3月19日(水)
相変わらず身体が重い。午前中は、調子の悪いメイン機のDVDディスクをなんとか生き返らせようと手を尽くすがうまくいかず、手元にあった古い外付けDVDプレイヤーをなんとかメイン機につなごうとあれこれ頑張る。DVDの種類にもよるが最悪、ソフトのインストールはできるようにして満足。

お昼から、パソコンでは見られなくなってしまったソフトを居間のDVDプレイヤーで再生。1971年のCAN−AMミッドオハイオ戦だ。風戸裕さんが、カタコトながらここまで英語を喋る人だとは知らなかった。とてもためになった。ソフトを送ってくれたHさん、ありがとう。

この週に納める予定だった原稿の締め切りが先延ばしになったので、午後は、こつこつ積み重ねの仕事。

3月20日(木)
1日、原稿。

3月21日(金)
1日、原稿。単行本の第2稿をまとめる。その後は来週の原稿のためのデータ整理。事務仕事。その他。。

3月22日(土)
朝、富士スピードウェイへ。タイムマシーンフェスティバル2008の招待状をもらっていた。ただ、WEBを見ても何を見ても、2日間のタイムスケジュールがわからず、どうせ2日になってもやることは同じだろうと思って出かけたら大間違い。

わたしの興味があったヒストリックレーシングカーの多くは日曜日にしか走らない。それでがっかり。早めに搬入されていたマシンのいくつかを見物したが時間を持て余した。見ず知らずの他人が乗って遊んでいるフェラーリだとかランボルギーニだとかマセラッティだとかの市販車を眺めてもしかたがないしなあ。

と思っていたら、いきなり声をかけられた。なんとその昔、ヴィッツカップでチームメイトだったM氏で、マセラティのギブリカップかなんかに乗って、走りに来たんだそうだ。おかげで、眺めるモノができて助かった。

それにしても70年代のレーシングカーは美しい、というか愛おしいなあ。わたしが一番会いたかったマナ09は搬入されておらず、がっかりだったけど。日曜日に来れば良かったなあ。


こんなのとか…(桑島正美は姿を見せたけど乗らなかった)


こんなのとかね。

渋滞に遭いたくなかったので、早めに帰路へ。家でキーマカレー&ナンの夕食。どうも血圧が高い。帰ってみるとF1マレーシアGPの予選が終わっていたが、ああ、そうですか、という並び順だ。

3月23日(日)
1日、原稿。外が暖かいのか寒いのかもわからないまま。やむにやまれず3本の原稿を並行して書き進めている。よろしくない。夕方、加賀山と話をしたらいやな雰囲気が。明日ミーティングするつもり。

3月24日(月)
午前中、原稿。午後、東海大学林研究室へ、ル・マン取材。以前と違い、今や大学の公式活動になっていて、ル・マンカーを組み立てる場も、そこらのレーシングチームよりは遙かに好ましい空間と設備が揃っていた。その真ん中で、クラージュ・オレカLC70のモノコックに林先生の作品たるV型8気筒ターボエンジンをマウントした状態のマシンが整備中というか、組み立て中だった。これ、大学の校舎の中の話だ。

わたしが学生だったら、ここに入り浸っていただろうという空間であった。目標は完走。それもよろしい。今年はル・マンに行かなくちゃかなあ。もう自分でパリからルマンへ行く気力もないし、パリにいるナントカいう人が助けてくれると嬉しいんだけどなあ。

取材終了後、夕方になって加賀山来訪。一緒に進めていたプロジェクトが、残念ながら中断せざるを得ない状況になった。でも今回の仕事は本当におもしろかったし刺激になったし、加賀山就臣というライダーの魅力を知ることもできたし、得るものが多かった。だからまったくマイナスではない。

しかも、人のつながりというか、この業界には不可思議な人間関係が自分の知らないうちにできていて、それがみんなを支え合っているのだなあなどということも感じた。女房の手料理で夕食しながら夜中前まで喋る。

手元には単行本1冊分以上の原稿が残ったが、加賀山といつ世の中に出せるのか、今後も相談できるのかと思うと、悔しいよりはるかに楽しい。加賀山、ケガせずに走れ!

3月25日(火)
朝方、メールなど一部処理をしたのみで、埼玉の実家へ。父の命日。七回忌、は去年だったから今年は…。まあ、命日。つい先日叔父も逝ったばかりで、思いも深い。

実家で母親をピックアップしていつもの回転寿司屋へ。山ほど食べた。わたしはハンドルを女房に託して生ビールガブガブ。これも「親孝行!」と思いながら飲んだ。帰りに墓へ。明るく記念写真など。

その後実家で、インターホンの取り付け工事。足が悪くなり始めた母親のために、コードレスの手元の端末で来訪者の顔を確かめられる「どこでもフォン」というものがあり、女房が見つけてきて購入してあった。問題は、工事が必要かどうかだったが、様子を見るに、今までのインターフォンの配線を流用できる気配だったので、自分で工事。見事、作動するようになった。

帰宅ラッシュになる前に帰宅。わたしはほとんど助手席で眠っていた。帰宅してみると朝、納めたつもりだった原稿に大きなミスがあり、その対応でドタバタする。大失敗をした。一杯飲んで寝る。

3月26日(水)
朝一番で逗子病院へ。予定の採血だが、どうもやはり血圧が高めだ。何が起きているのか。医者も首を傾げるし、今少し投薬などはせず様子を見ることに。

東逗子から上京。季節も良いし午後の打ち合わせまで時間が少しばかりあったので皇居外周でも走ろうとランニングギアを持ってきた。ところが電車で眠りこけ、錦糸町まで乗り越してしまう。ここから戻っていたら皇居外周を1時間走るのは無理だ。

というわけで品川駅構内でお昼におそばを食べ、西大井から打ち合わせ先のイデアへ。途中、駅前の植え込みの石段に座ってパソコンを広げ、メールを整理し一部仕事を進める。イデアでは次号企画会議であったが、映像をみんなで見て雑談して終わってしまったような気が。まあ、本作りにはこういう時間も必要である。

帰宅する電車の中でもパソコンで仕事を進め、メールをやりとり。なんとか形が付いたようで胸をなで下ろす。各方面にはご迷惑をおかけしました。なんのかの言ってもやはりひとりでは手に余る仕事を抱えている。なのに、なぜ蔵が建たないか。

3月27日(木)
閉じこもって調べ物と原稿書き。簡単に確認できると思っていた過去のリザルトがなかなか見つからず、困り果てていたら、仕事をしながらメールをやりとりしていたH氏に助言をいただいて助かった。そういえば目の前にあったじゃないか、という話。もう、どの資料に何が書いてあるか、頭の中でわけがわからなくなっている。年はとりたくないなあ。

そういえば、H氏が非常に興味深い写真をメールで送ってくれたが、どうも説明書きに納得いかず、鮒子田氏にメールで確認したら、すぐさま答が返ってきて疑問が氷解した。親切な方だ。

というわけで一歩も外へ出ず。精神衛生上よろしくない。

3月28日(金)
朝から晩まで閉じこもって原稿書き。理由もない苛立ちがつのる。頭のためにはよろしくないなあ。でもまあ、仕事は進んでいるのでよしとする。今日も一歩も外へ出なかった。

3月29日(土)
前の日とまったく同じ。天気も知らず。

3月30日(日)
前の日とまったく同じ。

3月31日(月)
前の日とまったく同じ。