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12月16日(日)
朝から仕事。午前中に一段落付けて、お昼を食べながら実業団女子駅伝などTVで観る。そうしたらその気になっちゃって、迷っていた来春の逗子市内1周駅伝の練習会に顔を出すことにした、一応メンバー表には載っているしな。
クルマで東逗子まで行き、集合場所へ。今日は、我がチームのエースでありコーチであるH氏も参加する予定だった。このH氏、現在某自衛隊駐屯地で体育教官をやっているとか。民間人にとっては強力にすぎて、コントの役割配分みたいだ。実際、こともなげに指示するペースが、民間人たるわたしの常識とは桁が違うのだ。
考えてみれば駅伝というのは全体では長距離だけれども、区間区間では中距離であって、走り方が違う。イヤもうひどい目にあってぼろぼろになって帰ってきた。山上たつひこ初期の名作「喜劇新思想大系」に出てくるオカマが、日大相撲部出身だったことなどをなぜか思い出しながら走った。
友人の息子であるU太がいて若々しく(平気な顔で)頑張ってくれたので助かった。帰宅後は使い物にならず。ただ、たとえば20kmを走ってバテたときと疲れ方がまったく違う。ランニングは奥が深いなあ。
12月17日(月)
昨日のランニング練習の後で身体を冷やしすぎたか、鼻風邪をひいた。朝、心療内科に行き薬を処方してもらうが、鼻がズルズル。午前中、やらなければならない仕事を片付け。お昼を食べた後は風邪薬を飲んでベッドへ。
ベッドで、ノートパソコンをいじる。メールの整理、パソコン本体の整理など。昼寝。夕食後も無理せずベッドへ。年末ギリギリの仕事の依頼が入るがさすがにお断りする。年末自体はかまわないのだが、取材した翌日に原稿を、という話は無理だった。
12月18日(火)
朝、ペインクリニックへ行き、注射。あと1回、2セットでとりあえず注射を休止しようということになった。鼻風邪続く。午前中原稿を書いたあと、いくつか連絡をして、午後はベッドにノートパソコンを持ち込んでごろごろしていた。それで1日が終わった。
12月19日(水)
朝、逗子病院へ。1週間早いが、来週は予定があって来られそうもないため。なんと、これまで一度も異常を示さなかったコレステロール値が異常に。その他にも異常値がいくつか出て、医者が首を傾げる。こちらも首を傾げる。ただ特定の病変を示す程の物ではないのでそのまま。
帰宅してから、そう言えば前回の採血の前日にインフルエンザの予防接種などしたな、と思い出した。少なくとも白血球の異常値はこのせいだろう。血圧が高かったのは、駐車場が一杯で、東逗子駅前のコインパーキングにクルマを駐めて、早足で歩いてきた影響かなあ??まあ、心配することはあるまい。早めに軽く走って調整。
夕方、上京。ホンダ社長年末記者会見&新インスパイア発表会。会いたい人にも会えるかなと出かけた。あれこれ、いろんな人と仕事に関わる重要な立ち話ができて、ついでにランナー仲間とランニング話もできて、出かけた成果はあった。
会場で会った大先輩A氏、元植木屋さんO氏と品川駅前のカフェでビール&ワインをかわいく飲みつつあれこれ話し、早めにお開き。どこかに寄っていこうかとも思ったのだが、目の前に品川駅があるので、ついつい横須賀線に乗って帰路へ。
12月20日(木)
朝、海岸通りを走ってDUO藤沢へ。カーナビなど電装品を取り外し、新しいクルマへ移設するため。01年に購入して以来、カーナビも進化を遂げいまやDVD方式は古くなってしまったが、購入時点で最新の最高機種を購入しておいたせいか、基本機能は最新のカーナビにまったくひけをとらないので、今回も引き続き使うことにした。作業を待つつもりでいたのだが、代車にポロを貸してくれたので、帰宅。
仕事はまだ終わらない。事務仕事なども残っている。だが頭は週末のハーフマラソンに向いてしまっている。前日、ランナー仲間がエントリーしたという新宿シティハーフマラソンにエントリーできるかと思ったら定員に達しておりできなかった。
夕方、ポロでニスモへ行き、インタビュー。08GT-Rについて。その後、DUO藤沢へ戻って電装品の外された愛車を引き取り帰宅。
12月21日(金)
五十肩は、かなり快方に向かったとはいえ、いまだに夜中寝返りを打って左肩を下にすると、しばらくしてからじわじわ痛んで目が醒める。困ったもんだ。
いくつかの仕事を並行して進めつつ、相手とやりとり。夕方、電車で上京。渋谷のアートスポーツで新しいランニングシューズを買った。今履いているシューズは、なんのかの言って600km以上も使ってしまった。350km位で交換するつもりだったのに、それを過ぎてから足に馴染んできたような気がして、しかも靴底を見る限り劣化も進んでいなかったのでここまで引っ張った。年内いっぱい使って、年が明けたら新品に切り替える。
今回は、店員と相談の末、アシックスのGT2130NYスーパーワイドにスーパーフィートのインソールを組み合わせた。あまりにも履き心地が良いのですぐ使いたくなるが、やはり本番は足に慣れた靴の方が良いだろう。
その後恵比寿へ行き、編集部F氏、U氏、K氏とバーで落ち合い、次号打ち合わせ、その後、編集部の忘年会へ突入。場合によっては2次会以降もと覚悟はしていたが、やはり週末のことが頭にあって、F氏とそそくさと1次会お開きの後帰宅した。家でカーボローディング。(笑)
12月22日(土)
仕事をしつつ、安らかな1日を送る。早寝。
12月23日(日)
朝6時に起きる。雨が結構降っている。でもインターネットで天気予報を確かめると、富士スピードウェイ近辺ではどうやら出走時刻頃には止んで天候が回復しそうだ。天候回復を祈りつつ富士スピードウェイへクルマを走らせた。
8時には駐車場に着くと小雨。空は明るくなりつつあり、思い通り。なんだかすべて良い方向に転がっているような気がするなあなどと明るい気持ちで受付を済ませ、朝食を車中で摂り、トイレに行き、準備を進める。気持ちは平静、念のため喘息薬を飲み、サプリメント入りの水を飲み、その他身の回りの装備品を整える。戦闘態勢としては万全だった。
で、このあとに興味があるなら「走行日誌」を参照していただこう。結果的によれよれで帰ってきて、よれよれの状態で寝た。悔しさ一杯の頭で「なぜこんなに予想もしなかったような負け方をしたのか」について考えながらだ。
12月24日(月)
朝起きてみると、全身が固まって激しく痛む。こんなことは初めてだ。おそらく前日、20km走った直後にそのまま診察台に寝かされてしまったからなのだろう。痛みは半端ではなく、何か動作をする度に掛け声をかけなくてはならないほどだ。痛みは脚ばかりではなく、上半身、腰、上腕部にまで至る。
でも10時に新しいクルマをディーラーに引き取りに行き、その足で歯医者に検診に行く約束をしていた。で、でかけた。新しいクルマには満足。動力性能とDSGを考えると、お安い買い物だっただろう。ゴルフWワゴンはよく11万km以上も働いてくれた。あっけない別れではあったが、病院通い等は全部あのクルマでしたのだった。少しだけしみじみとする。で、新しいクルマの行き先はやっぱり病院だった。
歯医者でしばらくぶりの検診。簡単に歯石除去などして終わる。歯肉は決して良い状態ではないそうだ。と言われてもね。帰宅後、ダウン。細かい仕事などして夕食は、女房が焼いてくれたチキンの腿肉とブルサンでシャンパン。無宗教だし、しかもキリスト教よりも仏教の方がおもしろいなあと思う身ではあるが、まあ1年の区切りとしてはよろしいでしょう。久しぶりのローストチキンもさることながら、いただきもののサラミソーセージのおいしいこと。近いうち、また1本ください!
12月25日(火)
夜中、全身が異常に痛み目覚める。まるでインターフェロンを打ち始めた頃のような痛さだ。もちろん日曜日のハーフマラソンの影響なのだが、通常に走り終えた3回のシミュレーションでこんなダメージを受けることはなかった。というより、ランニングをしてこんなダメージを負ったのは初めてだ。
あまりにも痛くて寝ているだけでも、うならざるをえなくなってきたので、仕方なく鎮痛剤を飲んで、やっと眠り直した。ランニングを異常な形で中断するとこんなことになるのか、と苦しみながら驚く。
朝一番でペインクリニックへ行き、左肩にヒアルロン注射。2セット目途中、合計8本目だったが、これでひとまず注射を終え、リハビリへ切り替えることにした。確かに、夜中眠れないほどの痛みではなくなってきた。
女房は、パリ帰りのT氏の引っ越し手伝いに上京。そのままクリスマスパーティーに突入するという。わたしも仕事が終われば、そこへ出かけていくつもりだったが、到底終わらず。夜までみっちり仕事。
12月26日(水)
朝から仕事。あれこれ手配。周囲になんとなく年末ムードが流れつつあるのに、わたしはひたすらいつもと同じペースで仕事を続けるばかり。
12月27日(木)
相変わらず仕事。年内に片付けておきたかった外注も関わる仕事がうまく終わって安心した。ただし自分の原稿は終わらない。3本並行して書く。そのうちの1本では、自動車工学の基本に立ち戻ってものを考えざるを得ず、時間がかかるかかる。あとの2本では今度は競技の車両規則書を複数年度分、比較しながら読み込まねばならず、これもまた時間がかかるかかる。
頭を冷やすために夕方、軽く5kmほど走る。富士で倒れて以来。脚の奇妙なところが痛み、やはり妙なダメージが残っているのだなあと驚く。原稿は3本とも9割5分まで書き上げて、寝る。仕上げは頭を冷やしてからの方がいい。
12月28日(金)
原稿の仕上げ。編集部とのやりとり。今頃になってお年賀の準備。だって、食べるので精一杯で忙しかったんだよう。
でものんびり10km走った。今回の大敗北は、体重を落としきれなかった点にもあると思う。
12月29日(土)
相変わらず仕事。年内に片付けておきたかった外注も関わる仕事がうまく終わって安心した。ただし自分の原稿は終わらない。3本並行して書く。そのうちの1本では、自動車工学の基本に立ち戻ってものを考えざるを得ず、時間がかかるかかる。あとの2本では今度は競技の車両規則書を複数年度分、比較しながら読み込まねばならず、これもまた時間がかかるかかる。
頭を冷やすために夕方、軽く5kmほど走る。富士で倒れて以来。脚の奇妙なところが痛み、やはり妙なダメージが残っているのだなあと驚く。原稿は3本とも9割5分まで書き上げて、寝る。仕上げは頭を冷やしてからの方がいい。
12月30日(日)
午前中からお年賀の準備。予想以上に時間がかかり、慌てて午後、女房に逗子駅まで送ってもらう。今日は、GPRA(GrandPrixRunnersAssociation。本当か?)の走り納め会が皇居周回コースで行われるというので仲間に混ぜてもらったのだった。その集合時間に間に合わない。
行きの電車の中で残りのお年賀にペンを入れつつ、九段下へ。逗子は晴天だったのに、九段下では雨が降り始めている。えええ?と思いながらも、残りのお年賀を目の前の郵便局前のポストに投函。少し時間に余裕があったので、コンビニでミネラルウォーターを買い、サプリメントを混ぜて飲みつつ雨宿り。
集合時間に近づくにしたがい、天候回復。わたしは一足先にランナーズステーションにチェックイン。初めて利用するが素敵な施設だ。そのうちメンバーの残り3人、H社広報のN氏、F1ライターのS氏、O氏も到着。2時すぎから皇居周回コースを2周10km、という走り納めに入る。その後は走行日誌を参照していただくことにして…。
無事走り終え、神保町方面の中華料理店でビールと点心で打ち上げ。わたしとしてはふだん顔を合わせることのない顔ぶれだったので非常に楽しい思いをした。
早めに解散、わたしはどこかで夜遊びとも思ったけれど結局一直線に帰宅。女房は実家へお節作りに帰っているので、駅前でおそばを食べ、家で一杯飲んで寝た。ようやく年末が来たような気分。帰宅したら高知の大先輩T氏からかまぼこが届いていた。お礼の電話をしたら奥様しかいない。なんでも、焼き物のサークルで今晩は窯の当番なんだそうだ。いろんな人生があったもんだ。
12月31日(月)
夜、いろんな仕事に追われる夢を見て何度も目が醒める。ああ、もう年末なのだ、仕事はひとまずお休みだ、と自分に言い聞かせて寝るがまた起きる。仕事があればあるで眠れなくなるし、休みになるとまたリズムが狂って目が醒める。本当に貧乏性だ。
そんなこんなで頭がぼうっとしたまま目覚めたので昼間もTVを見ながらソファでうとうと。夕方、ようやく正気を取り戻して女房を迎えに行く。クルマはまだナラシ中なので回転数2000回転に抑えての走行である。
トンボ返りで帰宅後、年末の夕餉。年越しそばを食べ一杯飲んで早寝。TVの番組表を見ると、あまりにも情けない気分になって滅入る。まあ、先進国の中で滅亡する国が出るとしたらまず間違いなく我が国だ。
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