10月後半 逗子通信




10月16日(火)
朝の10時に東京駅で損害保険調査会社の担当者と会い、構内の喫茶店で今もめている接触事故についての説明。敢えて言うなら追突されたはずなのに、嘘っぱちを並べ立てて追突したと訴えられているわたしとしては、バカバカしくて、その調査につきあうのもいやなんだが、保険会社に任せていたら何も進まない。それにしても先方が加入していたというチューリヒ保険は電話一本よこさずこの有様だからあきれ果てるばかりだ。チューリヒ保険は本当に国内で営業を許されている損害保険会社なのか?。

打ち合わせ後、そのまま帰宅、ハネムーンシンドロームでかかっている整形外科に飛び込み、薬の処方とリハビリ。

10月17日(水)
心療内科へ行くのを忘れていて、電話。明日の夕方に時間を取ってもらう。

事務仕事。原稿。ランニング。

10月18日(木)
心療内科では、お昼の薬は抜こうという少々違った治療方針へ。いろいろ原稿があって、あっちを進め、こっちを進め、結局全体としてあまり進まないという状況。季節の変わり目でもあり、いつもだめな時候だ。

10月19日(金)
朝一番でクルマに乗り、ツインリンクもてぎへ。昨日から疲れ果てていて、持ち物の確認も怪しくクルマに放り込んで飛び出す感じ。案の定、モビリティランドの取材パスを忘れるが、JAFパスがあったので助かった。

ところがプレスルームに着いて宿題原稿を片付けようと思ったら大変な事態に気づく。一応、シンクロソフトを使ってデスクトップからノートパソコンへデータを移してきたつもりが、書きかけのままメモリ上で書き続けていた原稿が2本もあり(前時代のコンピュータ技術者上がりのわたしとしては、メモリ上で原稿を放置するなど通常ありえないことなんだが)仰天。リモートアクセスソフトもわざわざ止めてきてしまった。慌てて家に電話して女房に遠隔操作を頼む。幸いなことにメールでどちらの原稿も受信できた。

プレスルームで宿題原稿をひたすら片付ける。仕事を終え、夕食はホテルそばの「ガンチョ」へ行き、ハモンイベリコとシェリーをI氏、M氏と。

10月20日(土)
朝一番で千波湖を走ろうと思って準備していたが、雨模様なので眠り直した。現場では快調に原稿。今日のハイライトは関口雄飛のレースか。ペースが遅いとはいえ、セオリーを待たず、抜きたいところでオーバーテイクを試みる姿勢は大変よろしい。なんとかこの先がつながればよいが。

仕事を終え、ホテル上階の中華料理店でI氏、カメラM氏と合流。早寝。

10月21日(日)
5時半に起きたら晴れていた。ベッドでストレッチしながら身支度をして6時前から千波湖周回路を走る。今日は、冬のハーフマラソンデビューを意識して4周、12kmが目標。比較的余裕を持って走り切れた。時間的にはもう1周しても良かったかな。

いつもの仕事。フォーミュラ・ニッポンの決勝前にオーバルコースを使ったデモ走行を行うなど、アトラクションに工夫が見られてとてもよろしい。レースもおもしろかった。フィニッシュ後、ゆっくり目に帰路へ。M氏を送り届け、比較的早く帰り着いた。

10月22日(月)
少々疲れ目。なかなか起きられない。季節の変わり目のせいか。気合いを入れるため、向かいの山の斜面を整備。雑草雑木を切り倒し、昨年沖縄へ言った時買ってきたハイビスカスの挿し木を移植。今や担ぎ上げるのが精一杯の大木に育っていた。来年は、あじさいに続いてハイビスカスが楽しめるかな。

10月23日(火)
思ったほど筋肉痛も出なかった。結構肉体鍛錬が行き届いているかな。ペインクリニックへ行き、リハビリと薬の処方。

帰宅後、眠くて眠くてたまらず昼寝。頭が疲れているのか。目覚めてから原稿を書き、ランニング。生ハバネロ入りスープカレーで夕食、早寝。

10月24日(水)
淡々と原稿書き。11月に某大学で講演などやらなければならないので、その連絡など。

10月25日(木)
淡々と過ごす。長らく不調だった玄関のドアホンの修理。スピーカーが劣化しているのが原因のようだが、規格が一致するスペアは手元にないので、だいたいこんなもんだろうというものを、使わなくなっていたヘッドセットから取り出し交換、半田付け。これでほぼ正常に復帰した。これでも元エンジニア。

12月の富士マラソンフェスタは初のハーフマラソン出走を決意。夕方、意識して16kmほど走ってみた。それほど迷惑かけずに行けそうだな。

10月26日(金)
朝から事務仕事。何か原稿が会ったような気もするがなあと思いながら。昼過ぎに編集部から電話があってやっと思い出した。週刊誌でデッドだという。それならそうと……とグチりながら原稿を一気に仕上げる。

5時前に藤沢で津川哲夫夫妻と食事の予定だった。ちょうど間に合う。いつもの店が閉店してしまったので、その後を継いだ店へ。同じ味。双方とも翌日は予定が合ったので1軒だけね、と確認し合いながらわたしは焼酎を4合ほど飲んだ。ぐるぐるになって帰宅。

10月27日(土)
ゆっくり起きて身支度。1時過ぎ、台風の中を箱根へ。義母70歳の古希祝いを箱根の温泉宿で開催するため。

3時過ぎ、奥湯本の温泉宿に到着。ほどなく、両親、義弟義弟夫婦たちも到着。お風呂に入って左肩に出ている五十肩リハビリ体操。夕食では宿が古希祝い用の紫色のちゃんちゃんこを用意してくれ、盛り上がった。

10月28日(日)
朝風呂。旅館の朝ご飯は豪勢だが、出されると食べちゃうんだよなあ。天候は台風一過の晴天。3台のクルマで芦ノ湖まで行き、箱根恩賜公園で富士山見物。そこで解散。

わたしたちは箱根新道から西湘バイパスへ抜けたが、晴天の日曜日の行楽日和とあって予想通りの渋滞なので裏道から鎌倉に入り、クルマを止めて昼食。生しらす丼にペールエールがおいしゅうございました。その後鎌倉を散策しながら細かいものを買い物。

帰宅してピザ&ビール。疲れた。

10月29日(月)
食べ疲れ、飲み疲れ、旅疲れ。で、来るはずの依頼原稿も上がって来ないうえに激しい気候変化についていけず自分自身が大不調。いくつか事務仕事、低ペースで溜まった仕事をこなす。

レンタルサーバーを使おうと借りたのはよいけれど、従来の環境を移行するのに大苦労。提供されるマニュアルは言葉不足でひどいしろものだし、サポート電話も、うまく引き継ぎが出来ていないのか随分外れた話になっていく。結局自分で改めてインターネットの仕組みを考え、試すのみ。これまでも人間社会にブラックボックスはあまた現れたけれども、インターネットはその中で飛び抜けて真っ黒いハコになるだろう。それを利用したあくどい商売も登場するんだろうなあ。

10月30日(火)
鬱症状続く。待ち原稿は一部届くが残りは来ず。自分の原稿をダラダラと進める。あまり良い状態ではないなあ。気合い入れにランニング。走ると頭がスッキリするのは良い。

レンタルサーバー移行が、とりあえず進んだ。特に現在レンタルサーバーが必要というわけはないが、将来に向けて環境を準備したつもり。ここで何かやるかな。五十肩が痛み、睡眠が気持ちよく取れない。困ったもんだ。

10月31日(水)
朝一番で逗子病院へ行き血液検査の結果を聞く。中性脂肪は若干落ちたがまだ高値。ガンマーGTPが上がったのは飲み過ぎ。少々節制しなくちゃ。(って、すでに決行節制して運動量も増やして鍛えているんだが、この結果が出るのはまた2か月先だからなあ)

その後でペインクリニックへ行き、五十肩の痛みを訴えると「劇的に効く」という注射を肩に打ってくれた。そんなものがあるなら最初から打ってくれよと。

その後はだらだら仕事。