6月後半 逗子通信




6月16日(土)
朝6時から、御殿場市内をランニング。富士山が美しかった。電池交換した心拍計は快調だったが、今度はランニングウォッチが電池切れだ。

仕事の現場では、依然お世話になったT氏がゴルフGTIカップに出場していたので、激励に行き雑談。

なんだかんだと忙しく仕事を終え、ホテルへ帰還。何を食べようかとぶらぶらしていたらジンギスカン料理店を発見。以前からM氏とはジンギスカンを食べようと言っていたので入ってみた。これが大当たりで非常にうまかった。EN-YA。ラムのもも肉、マトンショルダーなどおいしゅうございました。

6月17日(日)
前日に引き続き、朝6時からランニング。今日はスケジュールが遅めなので距離を伸ばして道に迷いながら1時間ほど走った。プレスルームでは宿題仕事。VITZクラスにはK氏が出走しており、激励。

比較的早く仕事が終わり、さっくり帰れるかと思ったら大渋滞。M氏を相模大野まで送り、自宅へたどりついたのは10時前。コンビニご飯を食べて寝た。

6月18日(月)
電池が切れていたランニングウォッチの電池交換。04年3月6日に買って以来、買ったまま3年以上動いていたのだなあ。

電車で上京。2時に文藝春秋。本山哲インタビュー。ものすごい人数が立ち会ったので、やりにくかった。

その後渋谷で女房と合流、5時から夕食。バーに寄り、シガー。夕食が早かったので帰り道、コンビニご飯を買い、家で夜食。

6月19日(火)
ひたすら仕事。

6月20日(水)
実家へ行くつもりだったが無理。女房だけ送り込み、わたしは仕事場に籠もってひたすら仕事。

6月21日(木)
こもって仕事TVから聞こえてくるニュースは年金関連にしろ公安調査庁関連にしろ食肉偽装にしろ介護保険偽装にしろ、わたしの愛する日本という国の腐敗が致命的な領域にまで達しているのだなあと思い知らせてくれる。ここまでくると腹を立てる前にポカーンとするばかりだ。

6月22日(金)
こもって仕事。いくつも仕事を並行して進めているので、頭が混乱する。仕事以外のなにもしない。夜、とりあえずの一段落。

6月23日(土)
9時半、女房とタクシーで逗子へ出て、湘南新宿ラインで大宮へ。大宮駅前のレストランKAIで、義弟T君&Yさんの結婚パーティー。今風の人前レストランウェディング。乾杯の挨拶など。お料理がおいしくて、食べ過ぎてしまった。おめでとう。

再び湘南新宿ラインで帰宅。届いていた書類、雑誌など整理していたらご近所F氏から電話。東逗子駅近くの畳店で地域の寄り合い中で、加われと言うのでポテポテ出かけていく。

畳店の仕事場に畳を敷いて、ビールとワインを飲みながら夏祭りの出し物についての打ち合わせ。そこにはわたしが忘れて久しいゆったりとした時間が流れていた。当日わたしはあいにく出張中だが、今後グループに名を連ねて「子供たちの健全育成と地域の活性化」のために活動することに。またポテポテ歩いて帰り、ビールを飲んで寝た。

6月24日(日)
最近の北朝鮮情勢を見るに、いよいよ日本は仲間はずれになって悲しい。もうアメリカは日本のことなど考えていないことは明らかなんだから、ここはひとつ日本は中国に併合してもらって、東アジア連合の一員として生きながらえるしかあるまい。

ということでいらいらしながらこもって仕事。

6月25日(月)
こもって仕事。四つも五つも仕事が並行して動いているので、頭が混乱する。夕食後、ストレスがたまり頭がおかしくなりかかっているので散歩に出た。で、東逗子のバー、カナンへ。大昔から目星をつけていた店。なかなかよろしい風情で、ウイスキーにラムを飲んで、歩いて帰ってきた。

我が住宅地は山の上で、車道以外に山を登る草深い歩道がある。真夜中にそこをひとり歩いていると夜の匂いがして、懐かしくもしみじみした気分になった。良い気分転換になった。

6月26日(火)
閉じこもって仕事。あれこれ荷造り。

6月27日(水)
早朝から原稿書き。朝10時、約束していた武藤のインタビューのため、アメリカヘ電話をかける。おもしろい話が聞けた。

そこからまた原稿を書き、取材の予習をして昼過ぎに家を出る。新横浜近くの某所で桜井真一郎氏取材。早く着いたのでガストに入ってメールであれこれ仕事のやりとり。取材の準備。さて、そろそろ行こうかと思ったら現地で待ち合わせするつもりだった編集部のM氏が立っていた。「こんなところでも原稿ですか」と言うから「そうだ」と答えた。

桜井氏取材は案の定難航。よく話してはいただけるのだが、まとめ方については注文が厳しい。編集M氏と悩む。

随分時間をさいていただきじっくり話せたので、先方事務所を出たのが6時前。一旦自宅へ帰ろうかと思っていたがあきらめそのまま筑波を目指す。今日は筑波スカイホテル泊。

そばに食堂やらコンビニやらあるだろうとタカをくくっていたら、真っ暗な田んぼの真ん中。慌てて3kmばかり逆戻りしてコンビニでお酒や他ツマミやら買い、ラーメン屋さんでもやし味噌ラーメンを食べてチェックイン。けったいな雰囲気のホテルだったが居心地は悪くない。買ってきたお酒を飲みきらず、倒れて寝た。

6月28日(木)
室温がうまく調節できず。寝苦しかった。結局6時前に目覚めるが原稿を書くほど頭がすっきりしておらず、ぼんやりしたままシャワーを浴び身支度。少し早めに筑波サーキットへ。今日はマーチカップメディア対抗レース。


ニッサンエースナンバーで走ったが…。

レーシングオン&オートスポーツチームから出走。前回に続き「縁石を踏んだらダメ」という曖昧ルールのため、わたしはのんびりドライブに徹するつもり。踏む人間もいるだろうし踏まない人間もいるだろうし、ルールはルールとして厳守してしまうたちのわたしは、それではおもしろくない。

完熟では15秒台。データロガーで講習を受けたところを決勝では少しなおしてみようかなと決勝3番手ロングランを担当。いい感じで走れ、コースインして2周目には簡単に14秒台に入った。こりゃ縁石踏まずに12秒台近くまではいけるな、身体が温まってきたぞ、と思ったらいきなり異音。

あれ?針金でもひろったかなと第1ヘアピンを立ち上がり第2ヘアピンにとびこんだら再び異音がして今度は白煙が左右フェンダーから噴き出し、たと思ったら室内にまで白煙が。「あ、ブローしちゃった」と悟りそのままスローダウンしてピットイン。ピットロードでは消火器に囲まれるし、なんだか車載映像を見ているような気分だった。関係諸方面のみなさん、クルマを壊してごめんなさい。でも、たぶん…ぼくのせいじゃありません。

6月29日(金)
閉じこもって仕事。

6月30日(土)
ささやかな一段落。思い立って、物置にしまい込んでいた折りたたみ式自転車を引っ張り出し、メンテナンス。タイヤが心配だったが、エアを入れたらとりあえず無事な様子。パーツクリーナーでホコリや汚れを落とし、CRCで各部潤滑。試走。これで東逗子のバーまで自転車で行けるようになるな。あ、自転車も酒酔い運転はいけないんだったか? まあ、元々は富士スピードウェイでの移動のために買ったものだ。

気圧配置のせいか、どうも頭の具合が悪い。