5月前半 逗子通信




5月1日(火)
疲れていたのでゆっくり眠ろうと取ったホテルだったがゆっくりしすぎて目がさめたら8時15分。睡眠導入剤のせいか寝酒のせいか、仰天して飛び起きた。確か9時に羽田で待ち合わせをしていた。幸いにしてホテルはJR駅上。山手線に飛び乗るがモノレールなど使っていてはとても間に合わないと思い、品川でタクシーに乗る。

タクシーの中でパソコンを起動し、予定表を確かめると待ち合わせは9時頃だが飛行機は9時35分、これならなんとか間に合うとほっとする。9時すぎに編集T氏とカメラS氏に合流、スカイマークで無事福岡へ。博多駅で昼食を摂り、地下鉄に乗って某所へ出向き取材。永松邦臣氏インタビュー。わたしにとって初期のヒーローである。

興味深い話を聞き、永松氏に福岡空港まで送ってもらう。わたしはせっかくの福岡なので博多で夜遊びして行こうと翌日の飛行機にしてもらい、空港で編集&カメラと別れ、地下鉄で博多駅へ戻って予約したホテルにチェックイン。

ぶらぶら散歩しながら中州へ。少々早かったが手頃な店を探して散歩。まずは「口八丁手包丁」と名乗る創作手作り料理の店へ。手作りがんもがおいしゅうございました。その後路地へ入って小料理屋「智香」へ。イカの生干しで宝山の白豊を飲む。白豊ははじめてだったが実に個性溢れる焼酎ですっかり気に入った。その後、バーで一杯、と思って入った「イベール」という店は、予想に反していわゆるスナックであったが、ウイスキーを山ほど飲みながらあれこれ話ができておもしろかった。

最後に博多ラーメンとビールかなあ、と思いながら帰路に着くが、酩酊していて道に迷い、もう自分がどこにいるのかもわからなくなってしまったので女房に電話で遠隔操作してもらおうかと思ったがうまくいかず、結局タクシーで帰還。ラーメン店は見当たらなかったのでコンビニでおかずパンを買って部屋でビールを飲みつつ夜食、倒れた。

5月2日(水)
お昼過ぎの飛行機で帰京。夕食まで原稿書き。

5月3日(木)
富士取材だがゴールデンウィーク渋滞がイヤなので、逗子から横須賀線−大船から東海道線−国府津から御殿場線−御殿場、それで御殿場からレンタカーというルートで、という予定だった。

ところが大船を出た直後に二宮で人身事故が起き東海道線が止まった。だもんで藤沢で小田急線に乗り換え、相模大野へ出て(一体わたしはどこへ向かうのかと思いつつ)新松田、松田から御殿場線、と乗り継ぐ。小田急から御殿場線への乗り換えがうまくいったこともあって、予定より30分程度の遅れで御殿場に到着した。御殿場駅に降り立ったのは35年ぶりか?

駅でパートナーのM氏と合流、駅前の日産レンタカーでオッティを借り、サーキットへ。早速あれこれ取材。富士ではZが勝つ、などと煽った記事を書いたが予選でZ勢は沈没。わずかなコンディションがいたずらをするようで、それはそれで興味深い。

6時まで仕事をして宿泊する沼津へ。「おいしいところを知らないか」とO氏に聞かれ紹介していたので合流できるかなと「一輪」へ。飲み始めたところO氏から電話で、トラブルが発生してまだサーキットを出られないとのこと。結局M氏と二人きりの食事。鮪のあぶり焼き、串焼きもろもろなどおいしゅうございました。

5月4日(金)
午前中のうちに長いインタビューを1本。午後、レース。いつもながらレース結果そのものにはさほど興味がないので大勢が見えたところで脱出、と思ったが、なかなか大勢が見えない。あれこれ批判はあるけれども、わたしはこうした戦闘力均衡状態を作るスーパーGTのシステムを、近代モーターレーシング興行におけるひとつの成功例だと思っている。F1でさえ、強引な演出を加えなければもはや「おもしろいレース」にはならない時代なのだ。

赤旗やら何やらで予定が押し、当初狙っていた御殿場線はさすがにあきらめ、1本遅らせる。首位を走るNSXがどうやらミッショントラブルを起こして失速したな、こりゃニスモの1−2だな、と予想がついたところで脱出。だがゲートではすでに行列ができていた。ギリギリのタイミングだった。

その後はすんなり御殿場駅に着き、当初狙っていた電車を見送るようなタイミングでレンタカー店に帰り着いた。結局御殿場駅でしばらく電車を待つことになった。土産物屋さんでワサビ漬けなど買い、M氏と雑談していたら17時36分発の電車が来た。ホームはレース観戦客で満杯だ。

松田でM氏と別れ、ひとりコトコトと電車に揺られて国府津へ出、東海道線で大船、大船から逗子。19時半には家にいた。ずっと座っていられたし、何より渋滞がなく早い。レンタカーを借りると高くつくけれども、これはいい手かもしれないなあ。

5月5日(土)
富士からの帰路、メールをチェックしていたら久しぶりに大学の同級生だったK氏から土曜の夕方に葉山で、やはり大学の同級生だったT氏と会うというので、合流する旨連絡した。

午前中はだらだら仕事。午後3時に女房とバスに乗り逗子へ出て、手みやげに鮪漬けを買い、またバスに乗って葉山は森戸海岸へ。上り方面は大渋滞だ。合流場所はT家そばの地魚料理店「魚佐」。行列のできる店とかで4時半開店を4時から待った。K氏連れのF氏をあわせ5人で喰って飲む。非常に美味しくしかも安かった。なるほど行列ができるわけだ。ただしわたしはこんなことでもない限り行列をしてまで食事はしない。

その後、向かいのイタリア料理「オッティーモ」へ。さすがゴールデンウィーク、空席は風が吹き抜ける海辺のテラスのみ。ブランケットにくるまり潮騒を聞きながらワインを飲む。その後室内席へ。たんまり飲んで昔話。店でT氏と別れ、帰路は送迎車で逗子駅まで行き、K氏F氏を送る。帰宅後、調子よくなってウイスキーを飲んで気絶した。

5月6日(日)
本の買い方が変わってしまった。本屋へ出かけることがめっきり少なくなり、書籍は週刊誌やら新聞やらの書評を元に、インターネットから買うようになってしまったのだ。本屋にぶらりと入って書棚を眺めおもしろそうな本を物色するという過程が抜け落ちてしまったため、これでは読書が書評に左右されるおそれがある。できる限り本屋へも出かけて本を買おう。

と言いながらAmazonから届いた本を読みふける。二日酔いだったからちょうど良いか。「偽書東日流外三郡誌事件」は週刊誌書評通り、謎解き風の作りで一気に読了。「封印歌謡大全」は少々期待はずれながらやはり読了。

夕食後は以前届いていた大阪万博の記録映画DVDをパソコンの画面で眺めながらだらだら仕事。奇しくも前日、エキスポランドで不幸な事故が起きたが、実はこのところ大阪万博がマイブーム(死語?)で、DVDやら写真集やら関係書籍やらを買い集めてある。

5月7日(月)
午前中は粛々と原稿書き。午後、横浜市大病院へ眼の手術後検診。予約制なのだが1時間半待たされた。眼は問題なし。

5月8日(火)
1日、仕事場に籠もって仕事。

5月9日(水)
朝も早くから仕事。7時に某編集部K氏が迎えに来てくれる手はず。若干遅れたのでこちらも仕事が進んだ。K氏のクルマに乗り御殿場へ。少々早すぎたのでコンビニで朝ご飯。んで、取材。60枚ほど参考用に写真を撮影した。

お昼前に御殿場駅へおくってもらい、電車で帰京。夏のような天気の下を進む御殿場線の中ではぐっすり眠った。品川でおそばを食べてお昼。その後、編集部員及び営業担当社員と合流、品川は某社で打ち合わせ。

電車の中で仕事をしようとパソコンも資料も持っていたのだが、眠りこけてしまった。仕方がない。

5月10日(木)
朝から晩まで部屋に籠もって仕事。いろいろ予定通りに進まないので効率は悪い。外の天気が良いのか悪いのかもまったくわからないまま。

5月11日(金)
午前中に仕事が一段落していたので、女房と久里浜のケイヨーD2へ培養土を買いに行く。去年、沖縄から買って帰り挿し木にして育てていたハイビスカスが巨大化したため植え替えようと思って延び延びになっていた。

帰宅後、大きな鉢に植え替え作業。3本のうち1本は向かいの山に放ってみた。自分で生きていけるのかどうか。ついでに山の斜面に繁殖した雑草の伐採作業。良い運動になった。

5月12日(土)
9時にクルマで家を出て女房と埼玉の実家へ。道がすいていて10時半には着いた。その足で母親を連れて回転寿司へ。母親お気に入りの回転寿司店が改装中だったので、岩槻そばのかっぱ寿司へ。わたしはビール。

あれこれ話をした後、わたしのみ白岡へ落としてもらい、湘南新宿ラインで渋谷へ。渋谷ではいくつか懸案の買い物検討。夕刻、学生サークルの集会なのか、はたまた勤め先の迎えを待つ今風の集団就職なのか、とにかく若人どもの大集団がワラワラ群れるモアイ像前でパートナーのM氏と合流。早速人混みを避けて南口〜恵比寿方面へ逃げる。土曜に渋谷で人の少ないところを求めるというのは、砂漠で砂っぽくないところも探すに等しいむなしい望みではあった。

途中の喫茶店というかカフェで仕事の打ち合わせ。その後、知り合いが経営している鶏料理店「座空」で夕食。天草大王博多水炊きが非常においしゅうございました。ちなみに天草大王というのは天草あたりで作られている特殊な肉鶏だそうな。実際、とても食べきれないという量がでてきたが、おいしくておいしくて完食してしまった。元来鶏は好きだが、実際うまかった。

水炊きは関東風のさっぱりしたのも博多風のこってり風も大好きだ。そういえば学生時代ひとりでくらしているとき、アパートでひとり水炊をしょっちゅうやらかした。当時の飼い猫と一緒に、ビールの大瓶を近くの酒屋で2本買ってきて飲んだ。まだ「冷やし賃」とかとられていた。店頭の冷蔵庫で冷やしてあるビールは常温のものに比べて5円だか10円だか高かったのだ。もちろん自前の冷蔵庫を持っている学生など珍しかった時代だ。ちなみに当時わたしの姉は「鶏卵は常温でも1週間や10日は大丈夫だから」と教えてくれて、冷蔵庫を持っていなかったわたしはそれを信じて常時常温で鶏卵を備えていたものだが、本当に大丈夫だったかどうか、神様に確かめるのはやめておこうと思う。

その後、いつものバーへ移って、シガーにラム。1杯だけのつもりが2杯に。確か12時前に渋谷で電車に乗れば帰れたなと思い、山手線のホームで女房に電話をすると「もう間に合わない。新橋か品川から深夜バスにのって鎌倉まで帰るか、東京に泊まるかだ」と悲しいお知らせが。東京泊まりはやぶさかではないが、気持ちの準備がないとつらい。

暗澹たる気持ちで呆然と山手線に乗っていると、12時4分品川発の小田原行き最終東海道線に乗れば、戸塚で逗子行き最終の横須賀線に追いつく、とメールが。そういえばいつかも同じワザを使った。品川で走って東海道線に飛び乗る。横浜あたりで横須賀線に追いついたのが窓の外に見えてほっとする。夕方、東急文化会館のメルクリンショップで鉄道模型のジオラマをしばらく眺めていたばかり。鉄ちゃんになった気分で帰宅。

5月13日(日)
だらだら仕事。

5月14日(月)
コピー機のリースが切れる。リース会社と本体の引き上げについて電話で話すと、かなりの手数料がかかるという。難色を示すとメーカーと相談してくれというのでメーカーと話すと半額で引き上げてくれるという。このへんの仕組みはよくわからないが、とりあえずメーカーに引き取りをお願いすると、すぐに来ることになった。

契約切れまではまだ間があり、それまでは使うつもりでいたので、慌てた。ちょうど弊社は決算期でコピー機を結構使う。というわけで、お昼を食べがてら横須賀のヤマダ電機へコピー機を買いに出かける。いまやデジタル複合機が5万円も出さずに買える時代だ。FAXも長年にわたって調子悪く、パソコンのFAXソフトを使ってきたのでちょうど良いタイミングではある。受信はFAXソフトの方が便利だが、送信には限界がある。

で、安売り中のレーザーコピー複合機を購入…したら、女房が液晶TVを欲しがり、一旦帰宅してあれこれサイズを測ってもう一度ヤマダ電機へ出かけ、46型亀山モデルをほぼ衝動買い。レーザーコピー機の十倍近いお値段だった。

5月15日(火)
午前中、ひたすら仕事。午後、クルマで無限へ行き、取材。約束の時間より少し早く着いたのでホームセンターで買い物。オートバックスではワイパーブレードを探すが、合うモノがなかった。

帰ったら、昨日買ったTVが届いた。今まで使っていた36型TVは下取りをしてくれた。液晶TVの大型画面よりも、本体が薄くなった分、広がった空間に感動。