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4月1日(日)
朝、いつもの駐車場でクルマのエンジンをかけてナビを起動したら「今日は4月1日、エイプリルフールです」と話しかけられて仰天した。もう4月なのか!この前正月だったのに!という驚きと、「こんなこと話しかけるヤツだったっけ」というナビに対する驚きと二つだ。しかしナビに「今日はエイプリルフールです」と、走り始める前からあらかじめ宣言されるのはどんなもんかね。
あっけなくサーキットに到着、仕事。とあるチームにとある件で謝罪にでかけるのが最初の仕事だった。頭をぐるぐるにしながらいろんな仕事。たまたま別件の仕事の担当者が来ていたもので、別件についても軽く打ち合わせられたのはよかったが、忙しかったなあ。
レースが終わり、記者会見を聞き、いつ帰ろうかなと思ったら東名は事故で大渋滞なのだそうだ。横浜町田まで4時間以上、と道路情報が言っている。迷った末、6時前まで仕事をして、パートナーのM氏をまず御殿場駅に落とし、わたしは覚悟して足柄峠越えに挑む。
いつもの経路で帰ろうとしたら、なぜかナビが小田原厚木道路の大磯で下ろす。「あれ?」と思いながら従うと、今まで走ったこともない道を次々指示し、最終的には海沿いの134号へ導いた。この間、ほとんど渋滞はなし。我が愛車のナビは日々進化している模様だ。家には9時すぎに到着。
ちょうど東京でお花見をしていた女房が帰ってくるところだったので逗子駅まで迎えに行き、帰路コンビニで夕食を買う。一杯飲んで夕食を摂り倒れて寝る。
4月2日(月)
朝、心療内科へ。順調ということで、次回は睡眠導入剤が切れる頃に、という事実上の無罪放免。
帰宅後、女房と横浜ベイサイドマリーナへ。横浜市大病院の眼科へ行く用事があったため、ついでにアウトレットで買い物がてらハンバーガーを食べようという趣向。春に着るもの、普段履きの靴など買う。
その後横浜市大病院の眼科へ。まさか今日手術、とは思わなかったが、一応覚悟。やはり問診があって、改めて手術日が決まった。
4月3日(火)
1日仕事。外にも出ない。
4月4日(水)
1日仕事。外にも出ない。原稿書きに飽きたら事務仕事。どちらにせよ仕事だけの1日。
4月5日(木)
1日仕事。外にも出ない。
昨年2月に請求書を送って音沙汰なく昨年暮れに督促状を出して音沙汰なく、さて弱小業者としてはどうしたもんかな、と思っていたあるクライアントから突然振込があって仰天した。1年がかりの仕事はあまり好まないが、毎度あり。
4月6日(金)
午後まで仕事をして一段落したので、夕方は向かいの山の斜面に上ってあじさいを植え付ける。その後ランニング。夕食後、出張荷物作り。1泊で岡山往復なのでできるだけ荷物をコンパクトにする。
4月7日(土
朝一で羽田へ送ってもらい、岡山へ。空港でレンタカーのミニカをピックアップ、サーキットへ。現場ではなんだか山ほど仕事をするよう依ョがあった。
現場へ着くなりあちこちへ行って取材。しかしスーパーGTは本当に難しいレースになった。技術的に、本当は何が起きているのかを解明するのは困難だ。特にステップドフロアとライドハイトの関係はことごとく推測がはずれ、と言いながら取材で聞く話はあちこちで矛盾するし、説明がしきれない。
暗くなるまで仕事をして宿をとった津山へ。聞いてみると編集部系はみな赤穂だとか岡山市内泊で、津山はだーれもいない。しかたなくひとりで初めて泊まる津山タウンハウスというホテルへ。似たような名前の系列店があって、間違えたりした。
夕食はホテル裏の和食店へ。人手が足りず料理が出てくる順番が無茶苦茶で、おかげでお酒を飲み過ぎた。帰り際「お酒お好きなんですね」と言われてそりゃひとりで日本酒5合飲んでんだから嫌いじゃないわなー、と思いつつ店主と雑談して帰宅、倒れた。豚串、イカの塩焼き、シメサバ、カッパ巻き、鉄火巻き、おいしゅうございました。
4月8日(日
寝付いた、と思ったら顔の上に何か液体がポタリ。びっくりして飛び起きると又ポタリ。なんだなんだと慌てて飛び起き、あちこちチェックしてようやく結露した水滴が天井からちょうど顔のあたりに落ちてくるのがわかった。そういえば部屋を乾燥させないようにバスタブにお湯を張っていたんだった。
結露してしまったからにはもうどうしようもないので逆向きに寝た。そうしたら、びっくりして飛び起きたのが影響したのか悪寒と悪夢に襲われた。ひょっとしたら本当に何か怪しいものが出たのかも知れないが怖くて目を開けられなかった。で、薄く眠って朝6時には起き、さっさと部屋を飛び出した。
岡山国際サーキット提供の裏道を通ったら入場待ちの渋滞にも会わず現場についた。そこから取材、取材、取材。ようやく一段落したと思ったらもう決勝スタートだった。
帰りの飛行機がとれず、最終の1本手前で帰らねばならなかったので、レースは3/4だけ見てさっさとサーキット脱出。レース結果を問う取材ではなかったし、これでよし。脱出が早すぎたかと思ったら結構ギリギリで17時25分発のANAに乗る。某ドライバーを含む関係者と乗り合わせる。
羽田からバスで横浜へ出て、横須賀線で帰宅。なんのかのいって帰宅は8時半すぎになった。金曜に発注したデスク用の小型液晶TVがもう届いていた。夕食をとって倒れて寝る。ここのところ倒れっぱなし。
4月9日(月)
朝から晩まで部屋に閉じこもって仕事。
4月10日(火)
部屋に閉じこもって仕事。夕方、上京。イデアまで歩く道々、何か夕食を食べようかと思うがなんとなくそのままイデアへ。取材相手を待つ間、いくつか別件の打ち合わせ。宮坂宏氏を迎え7時からインタビュー。
9時に帰路へ。ところどころに胸騒ぐ一杯飲み屋があるが、まっすぐ帰宅。疲労困憊。夕食を食べてビールを飲み、明日は血液検査だが、気持ちをほぐすためウイスキーを飲んで寝る。
駅を歩きながら掲示物に何気なく眼をやると、「エキナカ」の文字が。今や、駅構内における商業スペースを指す「駅ナカ」という言葉が当たり前のように使われている。「ecute逗子は逗子駅のエキナカです」などという使われ方まで見かける。ecuteだってどうかと思うのに、何語だよ。通じねえよ。(ちなみに逗子駅にはecuteと称する商業施設はない。先日、ようやくエスカレータができたけどね。念のため)
軽薄で薄汚い造語の氾濫を憂う。おそらくどこかのコピーライターのしわざだろうが、きゃつらは日本語を破壊して何がおもしろいのか。そういえば最近では「空弁」というのもわたしの神経を逆撫でた。ソラベン……アホか。機内弁当でなぜだめか。というより「機内弁当」の方がはるかに気品がある言葉ではないか。日本語を軽んじるこの手の軽薄売国コピーライターは早急に一斉駆除しなければならん。誰かが。
4月11日(水)
朝一から逗子病院へ行きいつもの血液検査のため採血。迷ったがそのまま御殿場のムーンクラフトへ。早く御殿場に着いたので、ロイヤルホストでお昼を食べながら原稿書きをして時間を潰す。
由良拓也氏取材。先日書いて出版された原稿について、大先輩から一部指摘のお電話をいただく。時間がなくて確認しきれなかった部分について。ありがたいことだ。
帰宅後、原稿書きの続き。なんとか週末鈴鹿へ出かけるまでの目処がついた。いつもながらきわどい。
4月12日(木)
朝から仕事。お昼過ぎに一段落。夕方ランニングして、女房と藤沢へ。津川哲夫夫妻と「いつもの」居酒屋で会食。
実はすでに女房同士は日曜日に逗子で会ってお昼を一緒にしたり我が家でひなたにおみやげをいただいたりしており、その場で決まった予定である。
早く終わるつもりが話が終わらず、結局、河岸をかえて「いつもの」イタリアンへはしご。日にちが変わる頃帰宅。
4月13日(金)
朝7時の電車で逗子から品川へ行き、新幹線で名古屋へ。比較的快調に鈴鹿サーキットへ到着するが、さすがに身体が重い。某F3チームで原稿の技術的内容のチェックを受け、ついでに再取材して原稿を修正。だが身体も頭も重くて効率が悪い。節制したつもりだったが、やはり飲み過ぎたかな。
インターネット上の掲示板を覗いていたら、先週末のスーパーGTで起きた車検の混乱について話題になっていた。確かに、スーパーラップ走行終了後のライドハイト測定の際、規定の60mmに達しない車両があり、車両規則違反ではないかという疑義が持ち上がっている。
結論から先に言えば、この疑義は不問になった。このことをとらえて、チーム関係者と見られる人間が「規則違反があったのにうやむやになった」と告発をしているらしいのだ。この少々軽率な「告発」は、読み方を変えると逆に現在のS−GTを楽しむためのきっかけになるから皮肉なものだ。
JAF国内競技車両規則第7章JAF−GT第3条3.1.2)最低地上高の項には「空気圧160kPaのタイヤを取り付けた状態で少なくとも60mmの地上高が確保されること」と記されてある。だが先週の岡山の地上高測定は走行してきたタイヤそのままで計測が行われた。タイヤの外径は空気圧に影響されて変化するわけで、もし空気圧が低ければ地上高が足りなくなるのは当然だ。
わたしも当初、走行すればタイヤは暖まって空気圧は上がるはずだなと首を傾げたが、よくよく考えると周回数の少ないスーパーラップではタイヤは暖まりきらない場合もある。そうなれば当然空気圧は低くなって車高は下がる。それだけスレスレの調節が行われているということなのだ。ファンは、憤るより先に今のスーパーGT車両がそこまで攻め込んだ車高セッティングを行っているらしいということをおもしろがるべきだろう。
もちろん、規定の空気圧にしたタイヤを取り付けて計測していたら全車が地上高を確保していたかどうか証明することはできない。しかし実際に行われた計測方法が間違っている限り、その「不確実な」結果は違反ではない。つまりここで「告発」されるべきは車両規則違反ではなく、車検の計測方法なのだ。件の「関係者」は「こんな不正確な計測方法ではギリギリまで攻め込んだセッティングなどできない」と怒るべきで、存在しない「車両規則違反」に憤るのは少々的外れではある。
穿った見方をすれば、有効な車検が行われていないと見たチームが故意に規定に反するまで車高を下げた可能性はある。だが、それは規則の盲点を突いた立派な合法作戦である。ただしあまりにもリスクが高いので現実的ではないとは思う。さらに穿った見方をすれば「告発」を行った関係者が関わるチームの車両は、空気圧によるタイヤの外径変化を織り込めないほど大ざっぱなセッティングしかできていないのかも、という推測も導き出され、それはそれで興味深い話ではある。
それよりも、そろそろF1並に可動フロア規制を考えておくべきだろう。今のままの車両規則を読むならそれを持ち出すチームが早晩登場する。(すでにいるかもしれないが、現時点では基本的には合法だ)これもこれでワクワクするが。
ちなみにJAFの(基本的な)車両規則は、メディアだろうがファンだろうが誰だろうが、JAFの窓口に行けば容易に(一般書籍並の有料で)入手できる。車両規則がファンに公開されていないというのは風説である。ただし、カテゴリー毎に、メディアにもファンにも公開されない特別規則が存在しうるのは問題ではある。
重い身体をひきずって四日市の宿へ。今日はひとりきりなので、喜多方ラーメンと餃子と生ビールで済ます。これで意識を失った。
4月14日(土)
朝、宿でパートナーのM氏と合流、サーキットへ出勤。あれこれ仕事。夜は四日市の和食屋でI氏、T氏、M氏と、TVショッピングの「限定×個」がウソかホントかについて、ぐるぐる回る議論をしながら。前夜に続きほとんど気絶。トリ貝酢味噌、ひらめ刺し、小エビのかき揚げ、茶そばなどおいしかったことは覚えているが。
4月15日(日)
比較的快調に現場仕事。お昼休み、某H社の広報担当者と雑談しているときにプレスルームが大きく揺れた。わたしが経験した中では1、2の地震だった。正直なところ、プレスルームの建屋が崩れることすら考えて身構えた。それでも震度5だというから、地震は怖ろしい。
あれこれ現場仕事。Fニッポン決勝レースは、後半緊迫するなかなかの展開。久しぶりの本山優勝は嬉しかった。地震で近鉄が運行休止し、その影響でダイヤが混乱しているとのことでゆっくりサーキットを出た。6時10分の特急はほとんどオンタイムで来たが、座席指定はできない状態。しかも桑名の先で、余震のため一時停止する。それでもそこそこののぞみに乗れて、家で女房が実家から持ち帰ったコロッケの夕食をとれた。
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