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3月16日(金)
ハイシティで目覚め、駅前でレンタカーをピックアップしてサーキットへ。いよいよ、というかもう開幕だ。この商売をしていると、本当に1年が短くなる。
現場では取材の予定が目白押し。ただS−GTの場合、どうも同じようなテーマで同じような人と話しているばかりのような気もする。FCJの雑誌用取材も進めるなんだか今年は忙しい。
暗くなる直前に、亀山のホテルに到着。亀山に泊まるのは15年ぶりくらいではあるまいか。とはいっても依然泊まった亀山中心地のホテルではなくはずれのはずれ。夕食をとろうにも、1号線を渡ったところにあるそば&うどんレストランしかない。
M氏と、U氏を待ちつつ食事を始めるがU氏はサーキットで手間取り遅れるとのことで勝手にビールとお酒を飲みながら食事をした。妙に食欲が出てあれこれ注文、テーブルがいっぱいになる。150円のポテトフライがおびただしい量なので驚き、さすがに残した。
3月17日(土)
サーキットへ。今回はプレス駐車場が狭く、西パドックへ回される。大人しく従う。が、西パドックに駐まっているクルマのなんと少ないことか、みんな、なんのかんのと文句を言ってどこかに停めているんだなあ。
今日もあれこれ取材。本来、わたしのような仕事をしている人間には、ぼんやりとものを考え込む時間が必要だと思うのだが、その余裕がない。仕事をこなしているのは良いことだが、その後でできる仕事の質を考えると良いことではないなあ。
GTA総会を終えた金子豊氏とプレスルームで話したが「ファンがいてくれるからここまで頑張れる」と連発するのには驚いた。今回の騒動は日本のレース界を良い方向へ導くのかもしれない。
RON編集長F氏、副編集長K氏とM氏を交えて夕食。部屋で追加のお酒も飲まずに倒れて寝た。
3月18日(日)
サーキット仕事。なんだかんだと忙しく、今回はランニングギアを持ってこられなかったしそもそも走っている時間もなかっただろう。
あっちへ行きFCJの取材、こっちへいきGTのインタビューとかけずり回る。新たにGTAの委員長となった坂東氏にも独占インタビュー。予想以上にスーパーGT開催を維持する求心力が強いのに驚く。ASの原稿を書いたら某所で「大串も今回の騒動では怪しい」と言われたるもしたが(笑)本当にわたしを知っている人間ならわたしが怪しい人間であることなどとっくのとうにご存じのはずで(残念ながらS-GTについてはノータッチではあるけれども)、もっとオレのことを知ってから噂話をしろと怒りたい気分にもなるが、坂東氏のコメントには説得力があった。とても嬉しい話ではある。(ところが残念ながらすでに「じゃ板東はいくらもらったんだ」と囁かれているそうな。噂話の好きなバカはどこにでもいる)
それにしても取材をすればするほど書かなければならない原稿が増えていくのだから気が滅入る。ただ今年は協力者を得ていろいろ分担を考えたので、決勝はじっくり観戦できた。筋書きのないドラマというよりも、筋書きを無視したドラマではあるなあ。F1も開催されていたらしく、プレスルームでは情報が回っていたが、そっちまで気が回らなかった。
昨年末取材した影山正美の教え子であり、FD時代にも様子を見ていた藤井誠暢がGT300で優勝したことでもあるし、記者会見で顔を見ていこうかと思ったが、AS誌編集長A氏が帰りたそうにしているので、一緒に脱出することに決めた。とはいえ、Aパドックからシャトルに乗って西パドックまで行ってクルマに乗らなければならない。だが思ったより混んではいなかったので、10時には我が家に帰り着いて夕食にありついた。
3月19日(月)
今週は取材した素材を元に仕事の1週間。みっちり仕事。結構嬉しい電話がかかってくる。
3月20日(火)
朝逗子駅から上京。八重洲の某ビルでA氏と待ち合わせ。昨日受けた電話の件で先方の担当者と打ち合わせ。良い方向へ進むといいな。
秋葉原に寄り、Outlook2007対応の携帯シンクソフトを探すが、案の定ない。新しいものに飛びついて損したが、他に選択肢もなかった。携帯電話の充電器だけ買って帰宅、原稿。
3月21日(水)
1日部屋に籠もって原稿書き。そもそも今日が祭日だとは知らなかった。株価も動かず、ネット銀行も開かないので昼過ぎにようやく気づいた。金儲けはできない人間だ。
3月22日(木)
8時すぎから部屋に籠もってみっちり仕事。デザイナーのA氏には迷惑をかけた。女房は地元で人に会うとかで帰京。こちらはひたすら仕事。
3月23日(金)
部屋に籠もって仕事。とにかく仕事。夕方、ようやく一段落したところに、女房が帰ってくる。おでんで夕食。一杯飲み足す元気もなく、そのままダウン。
3月24日(土)
残った細かい手配やら溜まった事務仕事をしつつ、壊滅状態になった仕事場を整理。丸1日かかった。
3月25日(日)
週明けに納めなければならない仕事の仕上げ。これが何本もあるから困る。でも1日頭を休めたから比較的快調に進む。合間に仕事場の整理。事務仕事。週明けからの仕事の準備。結局また丸1日仕事場に籠もっていた。
3月26日(月)
仕事。
3月27日(火)
朝一から富士スピードウェイへ。S−GTテスト。午後、とある企画ページ取材があった。午後、御殿場駅へパートナーM氏をピックアップに行く。そのついでに、以前から気になっていたホビーショップに寄ってみるが、少々がっかり。
夕方、怖ろしく寒くなる中、取材。その後S−GT取材。暗くなる頃帰宅。M氏を町田駅に落とす。
3月28日(水)
朝からニスモへ出向き、難波靖治氏取材。おもしろいインタビューだったが、取材後になって月曜日下版と言うとんでもないタイトスケジュールであることが判明。締め切りを確かめずに仕事を受けたわたしもいけないが、そんなスケジュールだったら到底受けていない。だが、取材を終わったところでそれではいまさら受けないとも言えない。
呆然としながら帰宅。今抱えている仕事を進めながら、どうしたものかと考える。だって金曜日には富士に入らなくてはいけないのだ。無理だ。無理に決まっている。
3月29日(木)
他の仕事を先に送って、昨日の仕事に取りかかる。仕方ない。こういう仕事を続けていると寿命を短くするし、良い仕事も残せない。ひたすら仕事。
3月30日(金)
官僚の天下りについて「国家百年を担当する官僚と中小企業の社員を一緒に論ずるべきではない」という意見が自民党から出てきたそうな。我がニッポン国は百年続かずに滅びるのかねえ、こんなことを平気で言う政治家がいるようじゃ。
というわけで朝一で家を出る。今回はM氏を相模大野でピックアップする新作戦を考えた。6時に家を出て7時にM氏をピックアップするが、そこから大渋滞で、結局富士到着は10時前。まっすぐ富士へ向かえば8時には到着していたところ。この作戦は使えないことが判明した。
1日仕事。FCJ、F3、FNと3カテゴリーにまたがって仕事。少々仕事をとりすぎたか。頭がぐるぐるになる。
結局宿にチェックインするのが遅くなり、夕食は沼津の牛角で。M氏相手にあれこれ仕事の話。部屋に帰っても追加のお酒を飲む元気がなく、倒れて寝た。
3月31日(土)
朝から夕方まで仕事。夜は、やはり遅くなり、I氏たちとの合流を断念、前夜みつけた妙な居酒屋へ。揚げ物が食べたかったのだが、少々ほどがあるって、というお店。部屋に帰ってもやはり追加のお酒を飲まず、電気もTVもつけっぱなしのまま倒れた。
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