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3月1日(木)
知らないうちにもう3月だ。今年は怖ろしい勢いで時間が進んでいく。朝一番で横浜市大病院へ行き、目のプチ整形について相談。だがその前に眼底検査を含むいろいろな検査を受ける。目そのものは特に心配する状況ではない、との診断。気になっていた飛蚊症も、特に問題なしとのこと。目のフチに出来た腫瘍は専門医の診断を、ということで予約したら4月だと。
結局半日かかって帰宅。瞳孔が開く点眼薬を受けて、本当は運転しちゃいけなかったらしいが、運転して帰る。眩しくてかなわなかった。無事家に着いても、眩しくてかなわない。パソコンの画面もまともに見られないので、あきらめてアイマスクして昼寝した。
夕方からひたすら仕事。
3月2日(金)
朝6時に起き、女房に新横浜までおくってもらい7時2分ののぞみに乗る。一路鈴鹿へ。なんだかシーズンが始まってしまったような気がするなあ。
名古屋の近鉄ホームでGT−A仕事で来たK氏にばったり。GT−Aの近況を聞くがまだ様々な情報が錯綜している状態のようだ。GT走行セッションが始まった直後にサーキット到着。思いがけずH社広報K氏がいて、やらなければならなかった打ち合わせができてしまった。ラッキー。
セッション終了を待ってまずはGT300チームの取材。もう編集S氏に連れられて歩くまま動いて取材。その間に編集T氏が明日の取材アポを取ってくれる。楽ちん、楽ちん。とはいえ、それだけ書く原稿が多くなると言うことだが。
夕方ホテルへ。S氏は座談会取材、T氏は校了だとかで忙しく、わたしはひとりでお向かいのドライブインでカツ煮定食と生ビール。10時には部屋のベッドで眠りこけていた。
3月3日(土)
編集部のクルマでサーキットへ。昨日に引き続き編集部員に連れられてあれこれインタビュー。GT500関連の取材は結局、今年導入されたステップドボトム規定の話題になりがちだが、ただでさえダウンフォースの効くクルマを運転したことがない(正確にはダウンフォースが出る領域で運転したことがない)のにステップドボトムのクルマの挙動など想像もつかず、難しい。
夕方は早めに切り上げて、原宿で開催される某RON誌編集部員K氏の結婚披露パーティーに出席しようと思っていたが、全セッション終了後にGT−Aの騒動についての記者会見があるというので出席。それに関わる原稿を書いたばかりだったので責任も感じて出席した。というわけで、とてもパーティーに間に合う時間には帰京できなくなった。K氏、ごめん。
記者会見では、これまでわたしは知り得なかった経緯も明らかにされた。こういう機会が設けられるのは良いことだ。ただ、ほとんどのGT取材者は、スーパーGTの運営がこういう状況にまで至っているということを知らないでいただろうから、きっとビックリ仰天したに違いない。早速、会見についてのまとめ記事をと依頼を受ける。結論としては非常に冷静で論理的な形で新体制への移行が進み始めたのだなあということになるか。わたしには資金を提供することはできないので、GTの立て直しと進化を原稿で支援するしかないが。
記者会見終了後、帰宅。女房の調子があまり良くないというのでお弁当でも食べながら、と思ったけれどもあまり食欲もなく、ポテトチップスとナッツを買って、ビールとウイスキーを飲みつつ本を読んで帰宅。家でカップヌードルを食べて寝た。
3月4日(日)
朝から仕事。ただしゆっくり寝て起きた。疲れているのかよく眠れる。明るいうちは仕事に集中。平行していろいろな「仕事が進んでいるもので、幸いにして飽きにくい。
3月5日(月)
8時に家を出て富士スピードウェイへ。FCJ第1回テストの取材。雨が降り、徐々に激しくなっていったので心配したが、今年の参加者はそれなりのスキルをもって走っており、大問題は起きなかった。しかもタイム差がない。これはシーズンがおもしろくなりそうだ。
宿題原稿を書きつつあれこれ取材。最後にドライバーズミーティングに同席して、アドバイザーたちのインタビュー。その頃には土砂降りに横殴りの風。運転も怖い状態でサーキットを出て、ホテル春日へ。知る人ぞ知る御殿場の老舗ホテルというか旅館。レースウィークには空室はなく、これまで一度も泊まったことはなかった。
現場で合流した編集Uも誘ったが「インターネットがつながらないんじゃあ…」と敬遠されたのでひとりコンビニご飯を買ってチェックイン。部屋でお弁当とツマミでビール2缶、日本酒2缶。原稿を1本書いて寝た。
3月6日(火)
明け方3時に目が醒め、眠れなくなる。本を持ってこなかったので、TVを見て過ごす。眠ろうと焦るのが一番悪いので、「これで仕方がない、なんとかなる」と自分の言い聞かせる。明るくなってから2時間弱眠れたか。
朝8時に現場集合したが、そもそもチームの人間も来ておらず、少々早すぎた。今日は全日本F3選手権合同テストの取材。新しく仕掛けて始まる企画のため、ほとんどチーム密着。宿題原稿は書けず。
お昼はサーキット内レストランが混雑していそうなので編集部員U氏、F氏と外へ出た。U氏指定のハンバーグ屋さん。おいしかった。その場で企画についてあれこれ意見出し。ふとひとつの方針が見つかり、慌ててサーキットへ帰る。
4時、走行終了後に少しだけ取材をして、帰宅。道がすいていて、楽ちんだった。少しだけ原稿を書いて夕食。その後も原稿書き。
3月7日(水)
1日仕事。ほかには何もせず。
3月8日(木)
1日仕事。ほかには何もせず。
3月9日(金)
原稿を書くうち、一太郎関連のソフトが届く。
原稿が一段落したので、横須賀のイエローハットへ。スタッドレスタイヤをノーマルに履き替える。4000円。あれ?御殿場で履き替えたときは8400円も取られたが???
待ち時間に隣のPCDEPOへ行き、Outlook2007を購入。帰宅してあれこれインストール。
3月10日(土)
朝から父親七回忌のため実家へ。途中事故渋滞があって2時間ほどかかる。実家へ着くとすでに姉夫婦は到着しており、ひといきついて墓へ。やはりわたしが般若心経を詠むことになり、詠む。
その後、岩槻駅前の料理屋へ行き、昼食。甥もいたものだから、なんだか世代がどんどん移り変わりつつあるのだなあと痛感。
帰宅後、頭を刈ってもらう。夕食をはさんで、ひたすら仕事。
3月11日(日)
朝から富士スピードウェイへ出向き、フォーミュラ・ニッポンの合同テスト取材。と同時に各種取材。泊まりはルートイン御殿場。そばのファミリーレストランにてI氏、T氏と一杯飲みつつ夕食。
3月12日(月)
朝、二の岡ハムへ。御殿場に長年通う身としては名前は知っていたが、昨年どこかの飛行機で読んだ機内誌に二の岡ハムのベーコンを絶賛した記事が掲載されており、急に一度食べてみたいと思い始めた。
その後何度か御殿場には行ったが、案外手に入らなかったので、場所を調べて御殿場の本店へ出向いた次第。ベーコンとライトスモークハムを購入。
富士スピードウェイのプレス対応について広報と若干摩擦。だってねえ…。その後仕事。開幕前テストからこんなに仕事をするのは何年ぶりのことか。以来仕事のアイデア出し、取材立ち会い。
3月13日(火)
昼まで仕事。昼過ぎ女房と逗子駅まで出てわたしはDocomoショップへ行き携帯の買い換え。その間に女房は上京して義父母と買い物。わたしは遅れて上京、新宿で買い物をして、新宿のふぐ割烹で女房と義父母に合流。今年初めてまともにふぐを食べる。
帰宅後、送られてきた原稿の直しを入れたりして仕事。夜中までウイスキーを飲みながら勢いで仕事をする。
3月14日(水)
朝7時すぎの電車に乗り品川へ。品川でカフェラテを飲みつつ某誌編集部S氏、カメラマンM氏を待って合流、ひかりに乗って浜松へ。
在来線で折り返し磐田。速すぎたのでカフェラテを飲みつつ時間調整。昨年末から続いているヤマハ取材。知った顔が多いので仕事は楽。
2.5時間ほどインタビュー。撮影終了を待ち、浜松からひかりで帰京。品川で某誌編集部員F氏と待ち合わせ、駅構内でカフェラテを飲みつつ別件の打ち合わせ。へろへろになって帰宅。
3月15日(木)
出張の荷造りなど前夜にしておくべきことをせずに倒れて眠ったので朝からドタバタになる。しかも、薬をもらいに行った病院が混んでいて待たされたものだから、時間がなくなり家に帰ってから大慌てで荷造りをして家を飛び出す。
新橋駅のコインロッカーに出張荷物を置いて、ブリーフケースだけ持って芝公園のJAF懇談会へ。と思ったら地下鉄の駅で、納品されたとある物件について印刷所から電話がかかってきて、ひと騒動になる。デザイナーに電話をかけて、急な仕事をお願いし、印刷所へダイレクトに入稿してもらう過程を、地下鉄に乗り、JAFに行き、懇談会の席について,進める。みなさんのご協力あって、懇談会が終わる頃にはなんとか収拾がついた。
JAF懇談会では、前夜マックス・モズレーが安倍首相と会食した際、安倍首相が「F1見に行きたいなあ」と言ったとかいう話が聞こえてきた。その他はいつも通り。
新橋へ戻り、買い物して、南青山へ。V社のT氏K氏と合流、進行中の企画についてH社広報と打ち合わせ。思ったよりすんなり進み、時間ができたので、その足で名古屋へ行ってしまうことを決意。遅くなったら新橋で一杯飲んで新橋に泊まるつもりでいた。
切符を買い、東京駅でのぞみに乗るところでパソコンから名古屋のホテルをとろうとすると、ことごとく満室、のぞみが走り出すと通信事情も悪化したので、しかたなく女房に電話をかけて遠隔操作でホテルを探してもらう。名古屋が満室ならこの際白子まで行ってしまおうと白子のホテル探し。ハイシティが空いていた。
お昼は懇談会のお弁当、夜は慌てて駅のホームで買った焼き肉弁当を缶ビール2本で。ホテルへチェックインしてからお酒を飲みつつ宿題の原稿書きをする。
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