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2月16日(金)
どうも気管支炎を患ったようで調子が悪い。発熱こそしないが身体の芯がだるい。静かにして嵐が去るのを待つ。朝からひたすら原稿を書き、夕方までに仕上げるが、いつもより怖ろしく疲れる。やはり体調がよくないからか。お酒を飲んで寝る。
2月17日(土)
朝から仕事をするが、効率が悪い。睡眠導入剤をあまり使わなかったので、処方してもらう必要もなく、週明けに予定していた心療内科受診をキャンセル。
ここしばらく、携帯PDAが見あたらなかったが、改めて探してみると本当にない。長年にわたってロータスオーガナイザと組み合わせて使ってきたデータスリム2だが、どちらももはや過去の遺物となっており、新しく入手するわけにもいかない。とかなんとか言っているうちにPDAの立場は携帯電話に取って代わられつつある。
こりゃスケジュール管理のシステムを新たに作り直さなくちゃいけないのかと気が遠くなる。こうなるとやはりOutlookと携帯電話の組み合わせしかないか。これまでほとんどいじったことのないOutlookだが、どういう経緯か2003がインストールされていたのでさわって見る。案外使えるかな。携帯で会話以外の作業をしたくないオヤジとしては、差し迫った問題に直面している。
それにしてもなぜ我が家のデスクトップでOutlook2003が動いているかな?もちろんうちには正規版しかないはずだが、現在のマシンにバンドルされていた記憶はないしインストールした記憶もないんだが。こういうソフトが多くなって困るなあ。ノートンなんか、何本も何本も買ってひどく損をしている。(思いつきでソフトを買うわたしが悪いのかもしれないが)ソフトによってはフリーで配布したりやめたりというのもあって、もう自分では管理しきれなくなっているのだ。
と言っているそばから「sitx」などという拡張子がついた圧縮ファイルが送られてきて、いざ解凍しようとしたらこれがなかなかの難物で苦労した。結局解決法が見つかるようで見つからずそのままMAC使いのデザイナーに転送したが、調べてみるとMAC使いでも困っているらしい拡張子のようで……どうなることやら。
夕食は女房が成城石井で入手してきた安売りのハモンセラーノとパスタ、と赤ワイン。
2月18日(日)
寝ていたら突然寒気がした。どうも3日前ほどから気管に違和感があったが、やはり風邪をひいていたようだ。寒気と発熱に耐えながらTVを見て夜中を過ごす。明け方、ようやくひと山を越えて眠る。
朝になっても風邪っぽいので、もうお休みとあきらめてベッドでTVと本。TVでは東京マラソンの様子。でも自分が走れないんだったらおもしろくない。エントリーはしたものの結局抽選に外れて出走出来なかったが、この雨と寒さだったら出なくて正解だったかな、と負け惜しみ。それ以前に風邪ひいて立ち上がれなかったけど。
このところ本を良く読んでいる。それにしてもAmazonの受注システムはどんな仕組みになっているのだろう。昨日インターネットで注文した本が今日の昼過ぎに3冊届いた。逗子駅前で待ちかまえてでもいなければ、無理だろうに。
昨日買ったのは「東京アンダーナイト」。ついでの「東京アンダーグラウンド」。それにAS誌編集長のお薦め、「テレビはなぜインターネットが嫌いなのか?」の3冊。今週はこの他に、一ノ関圭の絵本「夢の江戸歌舞伎」、「江戸のあかり−ナタネ油の旅と都市の夜」、それにパートナーのM氏お勧めの絵本、「カロリーヌ、キャンプへ行く」など購入。よい病床の友にはなった。
抜けたと思った風邪は抜けず、夜再び発熱。困った。仕事が進まない。だが立ち止まるわけにもいかずベッドの中でノートパソコンをいじり仕事を進める。sitxファイルは「1日限り動くよ」という試用版を見つけ、どうやら解凍できた……のかな?解凍したところで弊社にはイラストレータがないので開けないのだ。そのままデザイナーへ送る。もう身体も仕事もズルズル。
2月19日(月)
一晩眠ってすっかり風邪が抜けたはず……と思ったら抜けていない。困り果てながらやらなければいけない仕事を進めるが効率はしれたものだ。いつものことながら、またあちこちに迷惑をかける。
夕方、上京。駅まで運ばれるクルマの中で、すでに気持ちは萎えている。だが行かねばならない大事な発表会だ。というわけで東京プリンスホテルパークタワーでのホンダレーシングキックオフパーティー。会って話をしなければ行けない人がいっぱいいるのは例年通り。
東京マラソンに出走した広報N氏の経験談でひとしきり盛り上がる。話を聞くとやっぱりうらやましくなるなあ。その他、進行中の仕事に関係する方々にも会って話ができた。先が見えないまま気持ちが空回りしていた昨年と比較すると……なんぼかよろしい状況か?
やはり体調はよろしくないので、発表会後の懇親会もたけなわ、宮城光が弁舌サワヤカに会を進行している途中でサックリ帰ってくる。逗子駅で女房のクルマにピックアップされておでこを触ってみるとやはり発熱しているようだ。最低限の仕事だけしてベッドへ。熱は38度近くまで。困ったもんだ。
2月20日(火)
一晩眠って(と言っても夜明け前からベッドで原稿書きをしていたが)すっかり風邪が抜けたはず……と思ったのにやっぱり抜けない。でも仕事はある。そもそも睡眠が浅かったので夜が明けてから睡眠を取り、ぎりぎりで起床し取材の予習をして、昼前、クルマで出かける。行く先は久しぶりのハセミモータースポーツ。
出かける途中、4時半から東京で大事な打ち合わせに加わらないかとの電話が入るが、さすがに間に合いそうもない。行きたいのは山々だが時間も無理、体調も厳しい。おまけにどうもわたしの考え方が空回りしている形跡があり、ここは遠慮するのもひとつの選択肢かと思う。
長谷見昌弘さんにはいつもながら興味深い話を提供していただいた。だが書けるかどうか。(笑) それにしても、工場で整備中だったGT500仕様のZに取り付けられている、とあるパーツを初めて単体で触らせてもらったのだが、これがなんともナニなしろもので、ナニだった。こりゃスーパーGTはナニだわ。
迷った末東京での打ち合わせは断り(実際、到底間に合わなかった)直帰したが、案の定再び発熱。本当に困った。
2月21日(水)
と、困り果てていたら、夜中あたりになって急激に状況が変化、汗をかいて体温が下がり楽になってきた。今度こそ抜け出したか? 明け方近くまで原稿を書いたり眠ったりと時間を過ごし、早めに起きあがって仕事場へ行くと明らかに体調がよろしい。こりゃいいぞと遅れていた原稿を進め始めたところ……。
女房が起きてきて呼吸困難を訴えるので慌てて逗子病院へ。風邪を伝染させたかなとは思っていた。でも解熱剤と気管支拡張剤で話は済むだろうとタカをくくっていたら、血中酸素飽和値が少々低くなりすぎているようで、もう少し設備のある大病院で処置した方がいいと、酸素吸入設備のある救急車を呼び転院することに。えええ?と慌てながら、救急車が来るのを待つ間、ついでに主治医に前回の血液検査の結果を聞いたりするわたしであった。わたしは健康。中性脂肪も正常値。
女房を救急車に乗せ、わたしは自分のクルマで一旦自宅に寄って健康保険証をピックアップ、転院先の横浜南共済病院は救急センターへ駆け込む。逗子病院での診断同様、インフルエンザが引き起こしている気管支炎状症状だとのことだが、念のため呼吸器のレントゲン写真撮影、CTスキャン検査などを行う。人手が足りないとのことでわたしが女房の座った車椅子を押して病院内を右往左往する。介護生活の練習みたいなもんだ。
最悪、そのまま入院というところだったがインフルエンザ患者は大部屋に入院出来ない決まりで、個室には空きがなく、そうなるともう一度転院、という、なんだか厄介な事態にはまりこむ。だが、処置室でクラシックな器具を使った吸入など行い、様子を見るうち酸素飽和量が93%程度で落ち着き始めた。しばらく様子を見て帰宅を許される。
家に帰って、女房の様子をチェックしつつ滞っていた仕事を片付けようと集中。もう峠は越したかなと思い始めた夕刻過ぎて女房が再び呼吸困難を訴え始める。様子を見つつ、さっきまでお世話になっていた救急センターと電話で話をする。過呼吸症候群に陥っている可能性があるかもというので紙袋を口に当てて呼吸をしてみるが症状は一向に改善せず。
結局、電話で相談して再び救急センターへわたしのクルマで行くことに。夜の救急センターに行ってみると、これがまたさほどの重病とは思えず「あなたは何?」「あなたは何?」と聞いて回りたくなるような患者さんも結構いらっしゃる。世の中にはこんなに救急患者がいっぱいいたのだなあ。
吸入をしてもらう間、わたしは待合い室にいて人間観察。思いがけず、追浜の駅からタクシーをただ乗りした客とタクシー運転手が救急搬入口でつかみあいのケンカするのを目撃、というか観戦。夜の救急病院はいろいろ大変だ。だが警備員やら勤務医やら看護師を見ていると「今度(人間に)生まれ変わったら、こういう、人のため世のためになる仕事をしよう」などと誓うわたしであった。
今度こそ入院を覚悟していたのだが、症状が軽くなった女房は再び帰宅を許された。今回は結構強そうな気管支拡張剤ももらって帰ってくる。女房の状況も落ち着き、ご苦労様でグレンフィディックの15年を開けて一杯飲み就寝。
2月22日(木)
本来は、今日夕方から義父母を招いて夕食会の予定だったが、当然キャンセル。わたしは午後のARTA発表会のためバスに乗り上京。Y新聞のA氏に合う予定だったが、時間がうまく合わず、とある文献を人づてにいただく。ありがとうございました。参考にします。
というわけで、わたし自身も決して完調ではなくしかも女房が「救急帰り」なもので、そそくさと退散、トンボ返りで帰宅。女房の状況は落ち着いた。わたしは遅れた仕事、仕事、仕事。
2月23日(金)
朝からひたすら仕事。週刊誌の仕事を今日中に2本納めなければならない。とても間に合わない。
しかし夕方、女房を病院へ連れていかねばならない。クルマに乗せ今回は一般外来へ。待合室でコンピュータを使うわけにもいかず、プリントアウトしてきた下書きをもとに原稿書き。追いつめられると手が動くのか、非日常の世界に置かれると頭が活発化するのかわからないがそこそこ仕事は進んだ。
女房は快復に向かっているようで、安心して帰ってくる。んで、仕事。仕事。なんとか締め切りには間に合わせたが、どうも納得はいかないままだ。だが倒れて寝る。
2月24日(土)
午前中、仕事。夕方、上京。豪徳寺は「りらくしん」へ。今日は狭い店内にピアノトリオを入れてライブをやるというので予約をしていた。ベースを弾くのは中学時代の同窓生。店の主人も中学時代の同窓生という間柄。
あの空間にどうやって客を入れたうえでピアノトリオの演奏をするのかと思ったら、カウンターの向こう側にプレイヤー3人、それを取り囲む形で客10人がすし詰め状態、店主は厨房から出てこられない有様、しかも演奏を始めると店のシャッターを閉めるという、かなりな状況だった。でも非常に楽しめた。良い気分になって帰宅。よい店を覚えた。
2月25日(日)
粛々と仕事。
2月26日(月)
心療内科受診。特に問題はなかったのだが、念のために睡眠導入剤をもらいに行った。その足で上京。少々早かったので、鎌倉で途中下車、気になっていた駅そばを食べてみた。気の利いたことに大船軒の鯵の押し寿司もあるようだが、食べ過ぎなのでコロッケそばだけにしておいた。おいしかった。逗子駅の駅そばよりはわたしの好み。
六本木へ向かうけれどもやはり早すぎて、六本木一丁目の駅ビルの本屋で本を物色。5千円分ほど本を買った。その後でラフォーレミュージアムへ行き、フォーミュラ・ニッポン発表会。パートナーM氏、制作物のデザイン&イラストをお願いしたA氏と落ち合う。
発表会後、六本木一丁目の駅ビルでお茶を飲みながら制作物について簡単な打ち合わせ。その後氏と渋谷へ行き。今シーズンに向けた打ち合わせ。調子に乗って久しぶりの松濤倶楽部。ホットバタードラム、グラッパ、スコッチ。早めの帰還。
2月27日(火)
粛々と仕事。
2月28日(水)
粛々と仕事。手を広げすぎたきらいがあって、少々オーバーフロー気味。シーズン開幕前にこんな状態になって、どうする。
結婚記念日ではあるが、女房の体調不良につき予定をキャンセル。
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